ケーキ逆襲。

「ねえ先生、チョコ食べた?」
「えっ」
 とある任務の帰り道、仲良く寄り添うナルトとサスケを背景に、サクラが見上げて訊いてきた。
 唐突な問いに、カカシは一瞬にしてバレンタインを思い出す。もちろん、サクラのチョコの行方も。カカシはにっこり笑った。
「ああ、食べたよ。ごちそうさま」
「美味しかった?」
「そりゃあもう! お前の腕はパティシエ並みだね」
 我ながら白々しいな、と心中でゴメンねと謝る。けれどサクラはぽっと頬を染めた。
「えっやだ先生、あれ市販品よ」
「……あ、そうなの?」
 市販品、だって?
 返答にコンマ2秒遅れただけなのは奇跡的だ、とカカシは自分を褒めた。だってラッピングがお手製だったからてっきり、と続けて言うことまでしてみせる。演技賞ものだ。
「やだもう、いくら私が料理得意だからってえ」
 サクラは何やらご機嫌だ。ああ良かったと内心胸を撫で下ろす。
「まあ、じゃあ、ホワイトデー期待してますから!」
「……はい?」
「相場は三倍返しだそうですんで、ヨロシク!」
「……」
 ほっとしたのは、つかの間だった。

  ケーキ逆襲。

「ねえヤマト。チョコ食べた?」
「えっ」
 数日後、任務帰りのヤマトを捕まえて、カカシは唐突に訊いた。会うのはバレンタイン以来だ。
「……食べました、けど……?」
 もう日は落ちているとはいえ、往来で腕を掴まれ、開口一番訊かれる内容がソレである。しかも班は解散前で、すぐそばに同僚がいるのだ。ヤマトはあからさまに顔を引き攣らせた。
「あ、そう。美味しかった?」
「……ええ……まあ……」
「ま、そうだよね。市販品だし」
「……」
 カカシはニッコリとヤマトを覗き込む。
 市販品と分かっていれば、自分が食べても問題はなかったのだ。あの定食屋でイルカと出会わなければ何事も起こらなかった。だが、この先も七班として活動してゆく上で絶対的に重要な情報を、イルカは齋してくれたのだ。料理をしなければならない場面になった時、サクラ一人に任せてはならないということを。
「じゃあ、ホワイトデー期待してるから」
「は?」
 カカシはサクラに言われた通りを、ヤマトに再現する。その場には機を逸した彼の同僚が居合わせているのだけれど、カカシは頓着しなかった。
「相場は三倍返しらしいよ」
「え、ちょっと、先輩」
 ヤマトは引き攣った笑みで「冗談ですよね?」と動揺を隠せない。けれどカカシは容赦しなかった。
「何で冗談なんだ」
「だって『何も訊かずに受け取ってほしい』って言うから受け取っただけなんですよ!?」
「何も訊かずに、なんて言ってないよ。何も言わずに、だ。男らしく、四の五の言わずにって意味」
「いや、それで何でお返し要求されなきゃならないんですか」
「だって食べたんでしょ? あのチョコ」
「……」
 ヤマトの顔は「しまった」と歪められた。だが、逆にカカシは面白くなってくる。
 ヤマトは、食べたのだ。
 男から渡されたチョコレートを。
 ヤマトは助けを求めるように振り返るが、少々後ずさる同僚にはさっと目を逸らされた。
「食べるか食べないかはお前が決めていい、とも言ったじゃない。食べてなかったらさあ、俺だってこんなこと言わないよ」
「……何か裏があるとは、思ってたんですけどね……」
 ヤマトはがっくりと肩を落とす。
 それにしても、あんなふうに受け取ったチョコレートを本当に食べるとは思っていなかったカカシだ。食べた、と言ったのも半分くらいは疑っていたのだ。けれどヤマトは「嘘でした」と言うこともしない。
「裏ってほどの裏でもないでしょ」
「はあ……」
 本当に、食べたのだろう。
 単純な男だ、と言うには気の毒だが、それは悪いことではない。彼がシンプルであろうと心がけていることも知っている。
「……あのですね、先輩」
「なに?」
「何か欲しいものがあるんでしたら、こう回りくどいことしなくても、ストレートに言ってくれたら助かるんですけど」
 ストレートに言われれば断りやすいのに、という意味だとは理解するけれど、あいにくそんなつもりで渡したチョコレートではなかった。
「別に欲しいものなんてないけど?」
 は? とヤマトはきょとんとする。
「じゃあ何を……」
「それはお前が考えるの」
「……本当に何か用意しなきゃダメですか……?」
「うんダメ。ちょーだい」
 朝受け取りに行くからさあ、と付け足すのも忘れない。そのままサクラに横流しする気マンマンなのだ。
 引き止めて悪かったね、とヤマトの背後に言って、カカシはひと仕事終えた気分だった。

*     *     *


「……何これ」
「何って、見て分からない?」
「……クッキーと、クナイ……」
 3月14日、ホワイトデー。
 朝っぱらからヤマトを呼び出して、用意させたプレゼントを景気よく受け取って、カカシは集合場所へ赴いた。ずしりと重さを感じて、お菓子だけではなさそうだ、とは思ったが──。
 焼き菓子は申し訳程度で、メインはクナイ五本セットだった。ご丁寧にピンクのリボンまで巻かれている。包装から察するに、ヤマトが巻いた訳ではなさそうだ。武器屋でこんなサービスをしているところがあったとは、とカカシは別のところで感心する。
 いや、そうじゃない。
 何これ、ほんと、何だよこれは。
「お気に召さなかった?」
「……先生、ありえないわ、これは。確かに金額的にも重量的にも三倍以上ではあるかも知れませんけど」
 ああ、女の子が喜びそうなもの、という指定も付ければ良かった。けれど普通、バレンタインのお返しに、クナイなんて思いつかない。相手がカカシだからこそのチョイスだったのだろうか。
「意外性とか、実用性とか、狙ってみたんだけど」
 はああぁ、サクラは深く深くため息をついた。
「ダメ。全っ然ダメ。先生、彼女いないでしょ。いない訳が分かるわ。こういうものはセオリーを外しちゃダメなのよ」
「はあ。ゴメンね?」
 そういえばヤマトも女の影はない。
(なるほど、いない訳が分かるなあ……)
 自らを棚に上げて、カカシはヤマトを憐れんだ。
 ふと、視界に入るナルトとサスケ。
 彼らは結局、バレンタインは自分たちとは無関係と位置づけたようだった。
「……」
 そうだ、と思い付く。
「ねーサクラ。じゃあさ、例の喫茶店で奢ったげようか?」
「えー?」
 何で先生と二人で、と口を尖らせるサクラの耳に、ぼそりと囁く。
「ナルトとサスケ、今日行くって言ってただろう? サスケの女子変化、見られるよ」
「!」
 一瞬にしてサクラの目の若葉色がキラキラと輝いた。
「二人には内緒で行こうな」
「そうですね、一緒になんて言ったらサスケ君変化しないかも知れないし!」
 ああ良かった、サクラの機嫌も上向いた。ふふふと微笑みを交わして、こっそりと後ろの二人を観察する。結局は余計な出費を負担する羽目になるが、まあ、それは帰ったらヤマトにクダを巻けばいい。

 世界はそうそう都合良く回るものではないのだとカカシが思い知るのは、その翌日。ホモでロリコンで二股、という不名誉な噂が里じゅうを駆け巡ったあとのことだった。