NS100!!:004

「じゃあ、お前はしたことあんのかよ!」
「…まあな」
「えっ…嘘、まじで…?」
 それは、言うなればいつもの、くだらない口喧嘩に過ぎなかったのだ。

  初めての


 人間が生まれれば死ぬように、物事には始まりがあり、終わりがある。生きている間に様々な始まりと終わりが繰り返され、数え切れないそれらを積み重ねて人は大人になってゆく。下忍になったばかりの彼らは、この先もまだまだ数多くの始まりと終わりを体験してゆくのだろう。
 もちろん、齢12歳ともなれば、幼子の知らないたくさんのことを学んでいる。大人のそれに遠く及ばずとも、幼子よりは多くの経験を積んでいるものである。
 だが。
 やはり遙かに、初めて経験する物事の方が多いのもまた、事実なのだ。
「だって、透明でさあ! なんか、本で見たのと違えっつうかさあ」
「デケエ声出すな…」
 盛大に眉間にしわを寄せるサスケの機嫌は、見た通りだ。だがナルトは意にも介さず、不安そうにサスケの半袖をつまむのだ。イライラとそれを振り払うと、サスケはため息を吐く。
「だからもしかしたら俺、ビョーキかも知んねーって思ってさあ」
「じゃあ病院行けばいいだろ」
「やだってばよ! なんか…恥ずかしいし!」
 前をゆくカカシは温い笑みを目に浮かべ、サクラの両耳を塞いでいる。サクラから文句は上がらず、一体何と言っておとなしく耳を塞がせているのか。チィ、とサスケの口から舌打ちが漏れる。
「じゃなきゃカカシに聞けばいいだろ! くだらねえことを俺に相談するな!」
「そっ相談なんかしてねえってばよ!? 俺はただ、何つうの!? リサーチっつうか…そんな感じ!?」
「リサーチだァ!?」
「そそそうだってばよ!! お前はどうなのかなって、ちょっと聞いてみただけだってばよ!!」
「…」
 どうしてこんなことに。
 サスケはギリギリと歯ぎしりした。

 始まりは、ナルトの遅刻だった。
 もちろんカカシよりは早く集合場所に来たが、どうも様子がおかしかった。普段であれば、サクラと二人きりでいたことについて、何かしらの抗議がある。自分が遅刻したことは棚に上げて「サクラちゃんと二人っきりなんて何様のつもりだ」とか「サクラちゃんに手ぇ出してねーだろうな」とか。サスケだって好きでサクラと二人きりな訳ではない。カカシは常に遅刻だし、集合時間の五分前に来ているサクラと、ぴったりに到着するサスケ、その日によってまちまちなナルト。高確率で、サスケとサクラは二人きりとなる。そんなことはサスケには全く罪がない、単なる現象だ。
 その、抗議がなかった。
 いつもは「ウザい」と取り合わないサクラですら、あんた具合でも悪いの、と心配な顔をした。ナルトはえへらと笑ってみせたが、それだけだった。サクラに気にかけて貰えたのだから、もっと喜んでも良さそうなものなのに。そう不思議に思ったサスケは、任務に出発してもまだどこか落ち着かない様子のナルトに、小声で「何かあったのか」と訊いたのだ。
 まあ、それが失敗だったのだ。
 よくぞ訊いてくれました、と言わんばかりにナルトはサスケに食いついた。
『あのさ! あのさ! お前ってば、ちんこ硬くなったことある!?』
 サスケは地面に突っ伏した。
『俺、今まで時々あったんだけどさ、これって勃起って言うんだろ? …ってオイ、聞いてんのかよ』
『…ああ』
『でもさ、ゆうべ勃起した時、ちょっと触ってたらなんか、ぬるっとしたのが出てきちゃってさ…』
『別に…おかしい話じゃねえだろ』
 心配して損した、いや別に心配なんてしていない。サスケがぐるぐると目眩につられて頭を揺らしてしまうのも仕方のない、実に初々しい原因だった。おかしい話じゃない、と言ったサスケに、しかしナルトは不安そうな顔でチラチラと視線を寄越した。あまり人には聞かれたくない話、ようやく到着したカカシをサクラと共に前へ行かせ、ナルトはひそひそとサスケの耳元に訴えた訳である。
 いわく、エロ本で見るような白濁ではなかったこと、恐くなって途中でやめてしまったこと。サスケはほとんど噴火しそうにイライラした。だいたい、エロ本を見るなら見るで、どうしてそう中途半端な知識しか身につけられないのか、サスケには分からない。お前はどうなのか、と見上げられて、バカバカしさに睨みつける。
「そんなもん、最後まですりゃいいんだよ」
「えっ最後までって?」
「だから…最後っつったら最後だ」
「…白いの出るまでってこと?」
 ああ、とため息のような返事をして、サスケはナルトから距離を取るように、歩く速度を上げた。
「で、でもさでもさ! もし…白くなんなかったら…」
「大丈夫だ」
 まだ納得のいかないらしいナルトは、追いかけてサスケのシャツの裾を引っ張る。うるさそうに振り払うと、さすがにナルトもムッとした。
「何だよ! お前はどうなんだってばよ!」
「…俺のことはどうでもいいだろ」
「ははーん、さてはお前もしたことねえんだな?」
「お前と一緒にするな」
 えっ、と一瞬悔しそうな顔をしたかと思うと、次いで何故か、キラキラと目を輝かせるナルトがそこにいた。イヤな予感しかしない。
「え…っと、じゃあ、お前はしたことあんのかよ!」
「…まあな」
「えっ…嘘、まじで…?」
「…こんなことで嘘ついてどうすんだ」
 意識的にだろう、カカシは競歩の勢いでサクラを促しつつ遙か前方へと進んでいる。チラリと振り返った生ぬるい笑顔が、しかし「迷惑ですよ」と物語っていた。そんなもの、こっちだって迷惑だ!
「さ、サスケ、サスケ!」
「うるせえな! 置いてかれるぞ」
「行き先なんか分かってんだからいいじゃんか!」
 ナルトが必死なのが恐い。
 サスケは、もちろん本当に精通を迎えている。アカデミーの男女別の授業で習った通りだったし、自分のキャパシティを超えるような現象ではなかった。子作りに必要な、男子の機能だという以上の感想は「まあちょっと気持ち良かった」程度のものである。
 ただ、『秘め事』とでも言うべきものだ。こんな風に明け透けに、人がいるところで出していい話題ではないはずだ。ましてや、その行為は一人もしくは恋人や伴侶とすべきものではないのだろうか───。
「なあ、なあ! ちょっとしてみてくれってばよ!」
「はあァ!?」
 無邪気な提案をして、ナルトの頬は紅潮している。
 信じられない、何という無神経さだろう。サスケは汚物でも見るような目をナルトに向けた。
「何で俺が!」
「いいじゃん! 人助けだと思ってさあ!」
「嫌だ!! 帰ったら他の奴に頼め!」
「だって、だって、このままじゃ気になって任務に集中できねえってばよォ…!」
「…」
 ぎりり、と歯ぎしりをするサスケだ。
 任務に支障を来すのは困る。ただでさえナルトの集中力は長く続かないのだ。だが当然、ナルトの前で自慰行為などする気は、サスケにはない。
「…来い」
「えっ」
 サスケは山道の前方に目を向け、カカシとサクラの姿が見えないことを確認すると、ナルトの腕を掴むや道を逸れた。灌木の生い茂る中をかき分け、古い切り株を見つけると、ナルトをそこへ放り出す。うわっと慌てた声で座らせられたナルトは、きょとんとサスケを見上げた。
「してみろ。見ててやるから」
「えっ」
 だいたい、ナルトの相談なのだから、自分がしてみせる義理はないと結論づけたサスケである。
「いや、お前がどうやってんのか知りてーんだけど…」
「誰でも大差ねえよ」
「つうか、硬くならなきゃ試せねえじゃん…」
「ハア?」
 意味が分からない。呆れた顔で見下ろせば、口を尖らせたナルトは本気で言っているようだ。なんかエッチな本とかねーかな、などと嘯く様子にようやく察する。
 ナルトは、興奮材料があって勃起した時にしか触ったことがないのだろう。
「…お前、それでどうして俺に『してみせろ』なんて言えたんだ…」
「え、そりゃあ俺の『お色気の術』でお前をその気にさせられるってばよ!」
「…」
 その自信は一体どこから湧いてくるのか。はあぁ、と大きなため息が出てしまうのも無理からぬことである。
「この術は難しすぎてお前には使えねえしなー」
「アホか。何か想像しながら適当に擦ってりゃ、勃つし出る」
「あ、想像かあ…」
 うっかり失念しておりました、という風情でナルトはポンと手を打つ。
「さっさとしろ。遅れてんだからな」
「う~」
 腕組みをすると、ナルトは難しい顔で目を閉じた。うんうん唸って、まるで難解な試験問題でも前にしているかのようだ。
 だが、こちらも気の短さにかけては定評のあるうちはサスケである。ほんの数十秒その光景を眺めるうちに、元からあったイライラは沸点に達してしまう。
「おい…まだか」
「ちょ、せかすなよ」
 手っ取り早く陰茎を刺激すれば良いものを、恐らく「まずは興奮材料を思い浮かべてから」とでも思っているのだろう。お色気の術などという、くだらない術を考え出す割には自分の興奮するポイントは把握していないのだ。
 チィ、サスケは歯ぎしり混じりに舌打ちした。
 そしておもむろにナルトのズボンに手を伸ばす。
「わあッ!? 何すんだよ!」
「遅れてるっつってんだろ。怪しまれるぞ」
「だからって…ギャアァ!!」
 カカシには「バカなこと話しているなあ」と思われていること請け合いである。けれどこの年頃の男子には必要な情報交換でもあるし、あえてサクラを遠ざけて、会話を続けさせてくれている訳だ。そう判断したからこそ、こんなバカげたリサーチとやらに付き合ってやっている。
 その本音はもちろん、早く任務に集中したい、である。
「…おま、トランクスかよ。よくまあブラブラさせたまま飛んだり跳ねたり出来んな」
「え、お前違うの? 何穿いてんの?」
「普通のブリーフだ」
 切り株に腰掛けるナルトの前に膝をついて、サスケはトランクスに手を突っ込んだ。ぎゃああ、という慌てた悲鳴は当然無視する。
 掴み出したイチモツは、先端がピンク色の、実に子供らしいものだった。
(…)
 なま温かいスティックを握って、サスケは何だか悲しくなった。何で俺が。何でナルトのこんなものを。明るい日差しは生い茂る木々の間から二人に届く。風は梢をさやさやと鳴らしながら渡る。小鳥だってピチピチと、あちこちで鳴いている。サスケは何だか情けなくなった。けれど、もちろん一番情けないのはナルトだろう。
「…おい、目ぇ閉じてろ」
「えっ何で…」
「そして俺の存在はとりあえず忘れろ」
「…」
 自分のイチモツを擦っているのがサスケだと、見えていなければ勃起も簡単だろう。ぎゅっと目が閉じられたのを確認すると、サスケはやわやわとそれを擦り始めた。
 不思議だけれど、ナルトのそれは綺麗だった。他人の陰茎など触りたくもなかったが、意外にも風呂好きなナルトは小綺麗だ。ただ、洗ってあるからと言って積極的に触れたいものでもない。なのに、醜悪な凹凸もなく色も変わっていないナルトの陰茎は、言ってしまえば可愛らしくさえあったのだ。
 そっと揉み込むように、強弱を付けて擦り上げる。薄い皮はサスケの指に押し上げられて先端を隠し、戻す動作でまた露わにする。何度か繰り返しただけで、それは明らかに硬くなった。片手に収まってしまうほどだったものが、一回り大きくなって、存在を主張し始める。充血して、ピンク色だった先端はどんどん赤みを増してくる。
「…」
 サスケは思わずそれを凝視した。
 自分の方はそんな気はなかったのに、何だか動悸が始まった。自分のすることに感じて勃起するナルトは、目を閉じ眉間を寄せて、顔を真っ赤にしている。
(何だよ…)
 ただ擦っているだけなのに感じているのか。
 ただ擦っているだけなのに動悸がするのか。
 見つめる唇が、はあ、と息を吐いてまた閉じられる。何かを耐えるように、きゅ、と唇を噛む。虐めているみたいで胸が騒ぐ。動悸が止まない。手の中のものはいわゆる完勃ち状態だ。
(…あ)
 ふと見ると、先端からぷくりと透明な滴が湧き出ていた。
 親指の腹でその滴を先端に塗り広げる。汚いとは、何故か思わなかった。ぬるり、ぬるりと刺激を送ると、先走りは更に溢れ出てくる。
「あ…、そ、それ…」
 上ずった声に顔を上げると、目を開けたナルトが不安そうにじっと見つめていた。そうだ、ナルトはこの液体が何なのかも知らないのだ。
「大丈夫だ。皆こうなる」
「う、うそ、まじ…?」
「嘘じゃねえよ。射精はこのあとだ」
「そ、なんだ…」
 幾分ほっとしたような声で、ナルトはため息をついた。
 ため息、というか吐息だ。熱のこもった、熱に浮かされたような吐息。動悸が止まない。視線を感じる。目を閉じていろと言ったのに、ナルトは自分の股間とサスケの手を、じっと眺めている。恥ずかしいところを見られているのはナルトの方なのに、何故だかサスケは顔が熱くなる。早く終わらせないと怪しまれる、なのにサスケの右手は、脈打つそれを丁寧にさすっている。急に、もう片方の手のやり場がない気がして、下生えもまだない幹の付け根に添えてみた。
「ん…、」
 手のひらに陰嚢が当たる。外気に晒されて表面は冷えていたが、すぐにサスケの体温と同化した。ぐい、と押し付けるように根元を支え、右手の上下運動を早くする。サスケだって、こんなことは慣れている訳ではない。動きは単調で技巧もない、それは自分でも分かっている。けれど、ナルトの呼吸は面白いほどに、サスケの手の動きに操られていた。
「さ、サスケ…っ、なん…なんか、あ、」
 先走りはとめどなく溢れて流れ落ち、サスケの手を濡らし、ぬるぬると動きを助ける。ナルトの呼吸は浅く早く、頂点に近付いているのだろうか。見上げると、かちりと目が合ってしまった。
(…どこ、見てんだ…)
 潤んだ青い目の先は、自分の股間でもなければ、施すサスケの手でもなかった。どういうことだろう。さあっと頭に血が上る。思わず目を逸らすが、視線を落とせば自動的にナルトの亀頭とコンニチワである。どうしたらいいのか分からない。
「サスケェ…っ!」
 ふと切羽詰まった声で名前を呼んだかと思うと、ナルトはサスケの手の上からイチモツを握り込んだ。
(ぎゃああああ!!!)
 サスケの手ごと己を扱き始めたナルトは、確かに絶頂が近いのだろう。サスケの丁寧な愛撫では物足りなくなってきた、ということなのだろうし。
「ば、バカ、やめろッ離せ!!」
「ごめ、ムリぃ…っ!」
 強制的に他人のものを扱かされる感触は、正直気持ちの良いものではない。たとえ自分から始めたことであってもだ。
「違うッ! 俺の手を離せって言ってんだ!!」
「ウウウだからムリだってえぇぇぇ!!」
 手のひらが痺れる。溢れる先走りが、激しい動きに飛び散っている。
「おい、ナルト!」
「サスケ、サスケェ…ッ!!!」
 ああそんなバカな───。
 ナルトはサスケの手を間に挟んだまま、サスケの名を呼びながら、頂点に達した。

 はあ、はあ、はあ。
 短距離を駆け抜けたような息遣いが頭上から降ってくる。サスケは愕然としたまま、身動きが取れずにいた。動悸も治まっていない。どくん、どくんと大袈裟な鼓動が耳の中で谺する。
「スゲエ…、何これ…」
 ぽたり、顎を伝って白濁が土に落ちる。
 右手はまだナルトに握り込まれた状態で、しかしそれを振り払うことを、サスケは思い付けない。絞り出されるものが、上を向いた出口からとろとろと流れてナルトとサスケの手に到達する。
「ほんとに、白いんだ…」
「…」
 上気した顔で、ナルトはじっとサスケを見つめていた。
(な…な…)
 サスケの顔は白濁に濡れていた。
 切り株に腰掛けるナルトの脚の間に膝をついた格好だったのだ、ナルトのイチモツは当然サスケの目と鼻の先である。逃げ場などなかった。ナルトの指先が、不意にサスケの頬を伝うものを掬う。そして硬直するサスケの半開きの口に、その指先を押し込んだ。
「!!?」
 サスケの舌で拭うようにその液体を押し付けられ、そこでようやく体が自由を取り戻した。どん、と突き飛ばす。
「何しやがる!!!」
「何って…AVとかだとさあ」
 殴ってやりたいけれど吐き出す方が先だ。嘔吐感に逆らわずに、噴き出す唾液と共にナルトの精液を地面に吐きつける。
「不味い! クソ不味ィ!!」
「ええ!? でもAVとかだとぜってえお姉ちゃんたちは『美味しい』って!」
「AV知識を真に受けるなこの変態!!!」
 げほごほと地面に向かって咳込み、サスケは涙目で無邪気なナルトを睨みつけた。
「変態ぃ!? 何で俺が変態なんだってばよォ!」
「変態だろ! 俺は男なんだぞ!」
「何だよ! だったらサスケだって立派な変態じゃんか、俺のチンコ掴んできたクセに!!」
 ああ、厄介だ。
 殴ってやりたくて拳を握るけれど、ぬめる液体で右手は上手く力が入らない。左手は怒りにぶるぶる震えて力が入らない。そうだ、それより何より顔にかけられたものを拭きたい。ポーチからハンカチを出してごしごし拭う。しかしどうにも塗り広げている感が否めない。青臭いような生臭さと舌に蘇る僅かな苦み。あああ、厄介だ。そうだ、これは洗わないとどうにもならない。だが待て、この付近に川はない。湖も泉もない。水源というものがこの地域にはなく、従って民家もない。いや民家などあっても頼りたくない。ぎりぎりと歯ぎしりして、サスケは地面に爪を立てた。そうだ、土ならある。下草を無造作に掴んで引き抜けば、掘り起こされた柔らかな土。輝いて見える。綺麗に見える。
「げっ」
 少なくとも、今の自分の顔より十倍は清潔だ。ちょっと引いたようなナルトの声はどういう意味だろう。サスケは洗顔でもするように、土を顔に擦りつけた。

*     *     *


「…どうしたの、それ」
 サスケは土だらけで仏頂面、ナルトは何故かスッキリと、お悩み解決の顔。いやああぁ、サクラが悲鳴を上げて「どうせアンタが何かしたんでしょ」とナルトに制裁を加えるのを横目に、カカシが眉をハの字に寄せた。
「汚れた…」
「汚れたっていうのは…見れば分かるけど」
 あの話の流れでどうしてこういうことになるのよ、と首を傾げるカカシに、もちろん「顔射されました」などと言う気はないサスケである。そして、傍目には汚れたように見えるかも知れないけれど、サスケにしてみればこの上なく綺麗にした状態なのだ。
 横ではナルトがろくな抵抗も出来ずに、サクラの拳の餌食になっている。サスケが下すべき鉄拳制裁ではあったが、まあ、サクラの拳には容赦が見えないので良しとしよう。
 今は、あの正体不明の動悸は治まっている。
(何かの、気の迷い…だ)
 ボコボコにされるナルトを当然の顔で見下ろすサスケに、カカシは軽くため息をついた。
「ま、今夜の宿で綺麗にしなさいね」
「言われなくてもそうする」
「あと、ナルトと仲直りもしておきなさいね」
「…」
 ぎくり、肩が強張る。
 仲が悪いのは今更で、しかもさっきのは圧倒的にナルトが悪い。仲良くなんかしたくない。
 なのに一瞬、ほんの一瞬。
『サスケェ…っ!』
 熱っぽく呼ばれた声が耳に蘇って、かあっと頭に血が上った。
「返事は?」
「…」
 土にまみれた顔では、赤くなったところでカカシには気付きようもないのか、ただそう訊くのみ。チィ、と舌打ちしながらも、サスケは「仕方ねえな」と呟いて、一人先を急ぐのだった。

「…仕方ない、ねえ…?」
 その後ろ姿を面白そうに眺めるのは、もちろんカカシだ。
 顔は土で汚されていても、真っ赤に火照った耳は丸見えである。何かがあったに違いない、とは思うものの、子供たちのプライベートに首を突っ込むほどデリカシーがない訳でもない。任務に支障を来さないのであれば結構。
 サスケくぅん、と追いかけるサクラを見送って、大地にひれ伏すナルトを見下ろす。
「ナルト、行くぞ」
「ううぅ…」
「いやあ、若いっていいねえ」
「何言ってんの? 意味、分かんねえってばよ…」
 ヨレヨレになったナルトだけれど、今夜の宿に辿り着くまでには回復しているだろう。
「うーん、まあ…つまり、仲直りの方法は色々あるってことかな?」
「色々って?」
「仲良くすれば仲も直る、とかね」
「…仲良くするために仲直りするんじゃねえの?」
「だから、色々なんだよ」
 まるで察しの付かないナルトは、ただ首を捻るばかり。

 けれどもちろん、二人が仲良くして仲直りするのは、その日の夜のことなのだった。