NS100!!:041

 
 
 俺たちはその日、初めて避妊具なしでセックスをした。
 
 

  薄皮一枚


 本当は、男同士のセックスにコンドームなんて必要ない。孕む訳ではないのだから当たり前だ。使用済みコンドームの口を手慣れた様子で結んでゴミ箱に放るナルトを、サスケは整い始めた呼吸を隠しながら見つめた。
 手慣れるのも当然だ、俺たちは何度こんなことをしたのか覚えていないほどの長い付き合いだ。
「サスケ、お前明日ガッコは?」
「二コマ…昼に終わる」
「バイト入ってる?」
「四時からカテキョ」
「ちぇ」
「何だよ」
 俺明日休みなんだ、とナルトは大あくびをする。
 休みだから何なんだ。
 ナルトはティッシュを三枚引き抜くと、俺の左足をひょいと上げ、ローションまみれの尻を拭った。文字通りの尻拭いだ。
「俺たちさあ、会うとコレばっかじゃねえ? たまにはデートとかしたかったんだってばよ」
「…お前がそれを言うか」
「あ、いや、まあ…ハハハ」
 男同士でデキてるなんて、世間様にはひた隠しにしている俺たちだ。逢瀬の短い時間を無駄にしたくないと言わんばかりに、こうしてどちらかのアパートで即物的にも体を繋げる。どちらかと言えば、抱く側のナルトの方が我慢が利かない。デートしたいなんて言ったところで、どこまで本気か分からない。
 俺たちは、つまるところマンネリなのだ。
 十四の頃に付き合い始めて十六の時に初めてセックスをした。あの頃はどちらが抱く側かなんて決まっていなかったのに、十七を過ぎる頃にはナルトは譲らなくなった。以来、成人した今も抱くのはナルトで抱かれるのは俺だ。手慣れた手順、人目を憚ってデートも滅多にしない、ろくに話もしない。
 夫婦で言うなら倦怠期だ。
 何で急に「デートしたかった」なんて言うのか、俺には悪い想像しか出来なかった。俺たちマンネリだよな、たまには新鮮なことしてみたいよな。ただそれだけと思えない自分が嫌になる。
 たとえば、好きな女が出来たとか。
 たとえば、そこで別れ話をするだとか。
 こんな情事の直後に言うのは引け目があるということじゃないのか。ナルトは元々は女が好きだった。今になって、俺に飽きた頃になって、とびきり魅力的な女と知り合ったのだろうか。そんな想像なら今まで何度もした。
「なあ、ナルト…」
「うん?」
「ゴムなしでしてくれよ」
「え?」
 後始末を終えて俺の隣に潜り込んでくる金髪に、俺は自分がひどく女々しい男だということを実感する。
「え? だって、ヤなんじゃねえの?」
「…まあ、嫌だぜ」
 初めてセックスをした高校生の時、あまりにも無知だった俺たちはネットカフェで情報を集めたのだ。エイズその他の性病予防や、受け身の消化不良を防ぐためにもコンドームは必須、ということをそこで知った。
 俺たちはお互いが初めての相手で、性病とは無関係ではあった。けれど腹を壊すことも多いと知って、ナルトがナマでしたいと言っても、俺は今まで聞き入れた試しがなかった。全面的に受け身を受け入れる俺の要望だ、攻め手を譲らないナルトは飲むしかない。
「何で急にOKなの…」
 ナマで中に出されたあとの始末を考えたって、面倒くさいとしか言いようがない。終わってすぐ余韻の中でうとうとと眠りに就くことも許されないなんて、受け身の負担が大きすぎやしないか。
 いつしか「ナマでしてみたい」なんていうワガママも言わなくなったナルトに、しかし俺は焦りのようなものを感じてしまう。男の俺、マンネリの俺、目新しい女、ナマでやらせる女。
 高校まではさほどモテなかったナルトも、高卒で働き出してから常に周囲に女が見え隠れするようになった。こいつの携帯には女のアドレスが両手で足りないほど登録されている。車の整備工場なんていうところで働いていて、どうしてそんなに女と接点があるのか不思議だった。ちょっと覗いてみれば、整備工場はいわゆるヤンキー、族関係のたまり場みたいな状況で、ナルトはレディースと言われる女に絶大な人気を誇っていた。俺としか付き合ったことのないナルトには、レディースといえども女は女、目新しいだろう。ナマでやらせてくれそうと思うのは偏見だとしても。
「…女になりたい」
「へ?」
 どうあがいても、俺は男だ。
 慣らされて易々とナルトの男根を受け入れることが出来る体になっても、女のような柔らかい体ではない。ナマで中に精液を注がれても子供が出来ることもない。腹を下すのがせいぜいで、注がれたものも排泄するだけだ。女はどうなのだろう。腹に注がれた精液はその身に吸収するのだろうか。よく分からない。ただ、卵子に辿り着いた精子だけは女の腹に留まるのだということは分かる。俺には何もない。
「お、女って…」
 全く意味の分かっていないナルトに向き直り、ベッドの中で汗くさい胸板に手を滑らせる。日々肉体労働で筋肉の厚くなった胸。
「もう一回ぐらい…いけんだろ?」
「うひゃ」
 そのまま手を股間に伸ばせば、裏返った声が楽しげにナルトの口から漏れ出る。そう、いつもは、一晩に一度だけ。もちろんそれは俺の要望だ。放っておけば絶倫のナルトは何度でもしたがる。俺はなけなしの笑顔を作ってナルトのペニスを撫で上げた。
「もう一回、つうか…好きなだけしていいから」
「ななな何で…っ」
 その声は明らかに嬉しそうで俺はほっとした。俺はまだ望まれている、と思うことが出来る。
「なななナマでして、なな、中で出していいってこと…?」
「ああ」
「何たくらんでんだってばよおぉ!」
 ぎゅう、と抱き締められて幸福感に見舞われるなんて、俺はどうかしている。
「まままさか別れようとか言うんじゃねーだろうな…?」
「…は?」
 思いがけない科白に、俺は目を開けた。
 何だって?
「最後に希望を叶えてやろうとか、まさかまさか、そんなんじゃねーだろうな!」
「……」
 抱き締めたと言うより、縋りついた、のだろうか。
 ナルトはぎゅうぎゅうと俺を抱きすくめ、情けない声でそう訴えていた。ああ、そういう捉え方も出来るのか。餌を前にすれば喜ぶところしか想像していなかった。
「ばか、違う」
「ほんと!?」
「言っただろ。女になりたいって」
「え…」
「俺を、お前の…女にしてくれ」
「……」
 ナルトの理性は、そこで切れたようだった。

*      *      *


 ついさっきまで広げられていた場所は、二度目を簡単に呑み込んだ。内側を擦るだけで快感を得られるようになってしまった俺の体は、奥深くまで進入するナルトの楔を歓喜して受け入れる。
 気持ちがいい。
 けれど、それ以上に胸の内がひりつく。
 デートなんかしなくていい。俺を抱くのが単なる性欲処理でもいい。俺を抱くのがお前だけで、お前を抱いたことがあるのも俺だけならそれでいい。女になんか気を取られるな。お前には俺がいるだろ。俺だけで充分だろ。それでも「子供が欲しい」と言われたら、俺は引き下がるしかないんだ。
「サスケ、サスケェ…ッ」
 正常位で俺を見下ろすナルトは、熱に浮かされるみたいに腰を振っている。
「どうしよ、すっげ、気持ちいい…っ!」
 その腰を、離すまいと俺の両足がしっかり巻き付いている。吐息が降ってくる。ああナルトは男だ。それに比べて俺はどうだろう。男の関心が欲しくて媚を売っている。女々しいだなんて表現は、きっと女にも失礼だ。昨今の女は逞しい。
「ナルト…」
 腰に足を、首に腕を巻き付けて、快感を与えてくれる男の名をぼんやりと呼ぶ。疲れて緩やかになる動きに、お返しとばかりに内部を嚥下の動作で締め上げると、ナルトはふるりと震えた。肛門を軽く絞めてから腹筋を入れるという刺激が、ナルトは好きなのだ。もっと、と請われて俺は小刻みに腹筋に力を入れる。感じている顔が近付いて、俺の口を塞いだ。唇は濡れきっていた。それだけで、俺は達してしまいそうになった。
「俺…おれ…もう出ちゃいそう…」
 それは俺の中でビクビクと脈打つ様子からも分かった。濡れた唇を触れ合わせたまま訴えるナルトに、俺は不覚にも泣きそうだった。
「ナルト…」
「…ん、」
「ナマで…中で出していい、って…意味分かるか」
「え…?」
 もしかしたら、涙はもうこぼれていたかも知れない。うっとりと見下ろすナルトに、俺は逃げ場のない理由を打ち明けた。
「俺が女だったら、これで、妊娠するかも知れないってことなんだぜ」
「…サスケ?」
「俺を妊娠させるかも知れないことを、お前、出来るかよ…」
「サスケ…」
 もし、本当に女だったら。
 今まで避妊具なしでしたことのないセックス、二人は一線を超えたことになるのだ。妊娠しても構わないセックスを、しているのだ。もし俺が本当に女だったとして、この段階でこの話を切り出すのは卑怯にもほどがある。私、妊娠するかも知れないわ。そう切り出された男は本音を晒すだろうか。冗談じゃない、と楔を抜き去るだろうか。どうでもいい、と中に射精するだろうか。男は。ナルトは。
「…もし、お前が、女だったら…?」
 中に収まったものは、変わらず猛ったまま、そこにいる。
「お前、俺の子、産んでくれるってこと…?」
「…っ!」
 かあっと頭に血が昇った。
 ああ、怒りのせいでは、もちろんない!
「女になりたいって、俺の子を産みたいってこと?」
「……」
 言葉が出てこない。
 ただ頷いた。
 俺は卑怯だ。他の女に目を向けてほしくなくて、男の子供を産みたがる女のようだ。何かの切り札のように、何かの担保のように。
 だがナルトは優しかった。
 優しく笑って、いや、嬉しそうに笑って、俺に強く口付けた。
「じゃあさ、もしか妊娠したら、産んでくれる?」
「…っ、妊娠なんか、する訳っ」
「ん、だから、もしもな」
 産んでくれる? 重ねて訊かれて、俺は唇を噛んで頷いた。俺の中のナルトが、ぐい、と奥を抉った。
「そしたら、一緒に育てような?」
 俺は頷いた。ばかみたいだが俺は泣いた。こめかみを伝う涙をナルトが吸い、舐める。好きなんだ、と打ち明けると、うん知ってる、俺も好き、とナルトは言った。好きだなんて、もう何年も言っていなかった。
 初めて中に出される感覚は充足感でいっぱいで、気持ち悪さなんかはまるでなかった。俺はナルトの女になった。

*      *      *


「もしかして、ずっと考えてたの?」
「何を…」
「女になりたいって」
「……」
 ぐったりと横たわる俺の髪を梳きながら、ナルトが不意に訊いてきた。
 何をどう否定して、どこを肯定したらいいのか分からない。答える代わりに、その手の甲を抓り上げた。いてて、と髪から手を離すナルトを睨む。もちろん迫力なんかないだろう。うっかり泣いたせいでまぶたが腫れぼったい。いや、ブサ顔ゆえの迫力はあるだろうか。情けない。
「…浮気、」
「はい?」
「されたく…ない」
「……」
 端的に言えば、まあ、そういうことだ。
「う、浮気なんか…しないってばよ…?」
「フン…」
「な、なにその『どうだかな』みてーな顔っ」
「じゃあ疑わせんなよ」
「疑ってたの!?」
「お前…モテるから…」
 ぱかんと口を開けたナルトが、一拍置いて悲痛な声を上げた。
「それ、俺の科白じゃねえ!?」
 ああもう、と頭を掻き毟ったナルトは、がばっと俺に抱きついて、良く分からない呻き声を呪いのように耳元に注ぐ。何だか俺は満足した。
 そうしてしばらくゴロゴロして、俺たちは二人で狭い風呂に入る。マンネリもヤキモチも、薄皮の一枚を剥ぐだけで解決するなんて、なんて底の浅いことだろう。けれど俺には大事なことだったのだ。俺はナルトを繋ぎ止めておくためなら、きっと何でもするだろう。

 風呂はぬるま湯で、ナルトの体は真夏の陽射しのように熱かった。