「いて…ッ」
ばちん、という微かな衝撃に、思わず己の左手を握る。
隣を見ると、鏡合わせのように右手を握るサスケと目が合った。
小指
静電気、という言葉を知ったのはその時だ。ナルトはものを知らない子供だった。寒く乾燥する冬空の下、触れるか触れないかの小指が小さな、しかし鋭い痛みをナルトに伝えた。任務へ赴く道中、たまたまサスケと隣り合って歩いている時のことだ。
「いッてえな! サスケェ、テメー何すんだってばよ!」
「静電気でしょ、サスケくんのせいにしないでよ、バカナルト」
「せいでんきィ?」
不愉快そうに右の小指をさするサスケは、じろりとナルトを一瞥すると、さっさと歩き始めてしまった。
「空気が乾燥してると、体に電気が溜まり易くなるのよ。それが何かに触れて放電する時ビリッて来るのよね。つまり、アンタが馴れ馴れしくサスケくんに触らなきゃいいってことよ!」
「ええ!? だって、今のはアイツが!」
「るっさいわね! 私にも触らないでよね!」
「そ、そんなァ…サクラちゃあん!」
ははは、と前をゆくカカシが穏やかに笑う。
「点で触れるから痛いんだよ、ナルト。面で触れればそんなに痛くない」
「え、そうなの? ん? 面って?」
カカシは振り向くと、たった今放電したナルトではなく、サクラに手のひらを向ける。え、と一瞬怯んだサクラだが、恐る恐る手を広げてカカシに向けた。ぱん、とハイタッチするように合わせるが、サクラは不快な顔にはならなかった。
「ね?」
「ホントだ…」
「ドアノブとかも、一度手のひらで叩いてから開ければ痛くないよ」
「こわごわ指先で窺う方が痛いんですね…」
「そゆこと」
手のひらを見つめるサクラは、放電自体は感じていたらしい。ただ、微かな接触で生まれるあの衝撃ほどではない、ということのようだった。
(恐がっちゃ、ダメなんだ…)
何かに触れた時にバチッと来るのが『体に溜まった静電気の放電』なのだと、ナルトはこの時知った。
(…サスケみてえ)
ついでに、放電の対処の仕方はそのまま、サスケへの接し方のようで可笑しかった。こわごわ近付いてはいけない、接するのなら───。
一人先をゆく小さな背中、しかし自分よりも確実に大きい背中。ナルトは追いかけて、威勢良くその背を叩くのだ───。
* * *
「───ってこと、あったの覚えてる?」
「…いや」
不愉快そうに右の小指をさするサスケは、じっとりとナルトを一瞥して、ため息混じりに目を伏せた。
「お前、千鳥とか使うようになったのに、静電気は痛えんだ」
「…自分で意図したものじゃねえからな」
それが、嘘だということはナルトは知っている。千鳥などといった雷系の術は、本人だって痛いのだ。ガードは出来ているから、自分の術でダメージを負うことはない。けれど、痛いものは痛い。
ただ、不意打ちで静電気を感じて驚いたような顔をするサスケは、ナルトにとっては新鮮だった。ナルトは小さく笑んで、己の左の小指をそっと撫でた。小さな痛みが愛おしい。
「…何笑ってやがる」
チィ、と舌打ちが聞こえて、ナルトは余計に笑った。
サスケが隣にいる幸福を、噛みしめたって良いではないだろうか。隣にいて、うっかり手を手が掠めて、静電気に驚いたって良いではないだろうか。
「…ナルト」
不意に、悪巧みの顔でサスケが顔を寄せる。
「俺が今、通電してるかどうか分かるか?」
「…触ってみれば分かる、よな」
「触る勇気は?」
「もちろん」
サスケが術で自身の体に帯電させているかどうかは、チャクラを窺えば分かる。だが基本的にそういう芸当には、ナルトは酷く集中力を要する。つまり、触ってみるのが手っ取り早い。
点ではなく面で触れろ、カカシの言葉は良く覚えている。もちろん、もちろん、サスケに触れるのだって、こわごわなんてダメなのだと知っている。ナルトは躊躇なく、サスケの腕を掴んだ。
その、瞬間。
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
バリバリバリ、と景気良くナルトの体を電撃が通る。通りっぱなしだ。
静電気の、一瞬の放電どころの騒ぎではない。例えるならば、ダーリンの浮気に激怒する鬼娘のような。早く手を離さなければと思うのに、ナルトの手は意に反してサスケの腕を掴んだまま。サスケは面白そうに笑った。
「なあ、ナルト…。筋肉は脳からの電気信号で動くって知ってたか? 筋肉はな、電気で収縮する。脳からの微弱な電気信号を上回る電圧を与えられれば、筋肉は収縮したままなんだぜ」
「いいいい言ってる意味がわわわわわ」
「手のひらの筋肉は内側に向かって収縮するだろ。だからな、ナルト…。通電しているか触って確認する時は、手のひらじゃなくて手の甲で触るのが正解なんだぜ」
そう、手の甲で触れれば、万が一通電していたとしても手は内側に収縮し、対象物から自動的に離れることが出来る。まあ、もし皆さんが切れた電線を見かけたとしても、もちろん試さず電力会社にご連絡頂きたい。
満足げに微弱な千鳥を解除したサスケは、フフンと笑ってナルトに背を向け歩き始める。
(こンの、負けず嫌いめ…!)
きっと、静電気に驚いた顔を見られたのが気に入らないのだ。雷の性質を持ち、千鳥や麒麟を使う忍としての矜持のせいだろうか。まだ脳の奥底までジワジワと痺れている。
けれど、サスケの腕を掴んだ右手は焦げても焼け爛れてもいない。掴んだ瞬間だけ出力を上げ、あとは加減してくれたことは何となく分かった。
「サスケェ!」
ほんの少しの距離を全力で詰め、振り向くサスケに飛びついて抱き締める。
「おっ、今は帯電してねえってばよ」
「…そんなに電撃浴びてえのか」
「ん、お前の電気ならいいってばよ! 今通電したら、俺の手お前を抱き締めたまま離れねえもんな」
「…」
「それって、俺に『抱き締めていてほしい』っていうお前の願望の顕れってゆうか…いだだだだ!!!」
期待した電撃ではなく、無防備になった脇腹をきつく抓られるという反撃に、ナルトは敢えなくサスケを解放した。
「お前、ホント、負けず嫌いなのな…!」
「フン…どっちがだよ」
そう言って笑うサスケは、ああ、機嫌は良さそうだ。脇腹をさすりながらサスケを追う。追いついて、並んで歩く。もう何も文句は出ない。こんな幸せがあって良いのだろうか。いや、これが、ナルトの掴み取った幸福なのだ。
ちょん、と小指を触れ合わせる。
サスケは視線も寄越さず、目元で笑んだ。
静電気の刺激は、もう起こらなかった。