NS100!!:074

 

  飴

 
 
 
「あー……参ったな……」
 ばかなものを買ってしまった。正気付いたキバは、途方に暮れてため息を吐き出した。すっかり肌寒くなった空の下、ポーチから取り出したお土産を冷静な目で見つめる。
(……微妙、だよな)
 赤丸にはそこまでの機微は理解できないだろう。ただキバが少しばかりの後悔をしていることだけ感じ取り、慰めるまなざしで見上げてくる。
「や、別に何か失敗したとかじゃねえよ?」
 大した金額でもなかったしな、わしゃわしゃと大きな頭を撫でてやる。手のひらに頭を擦り付けてくる赤丸は、満足げにも笑っているように見えた。
 キバと赤丸だけのCランク任務は、もちろん問題なく終わった。時間に余裕があったので、その出先で依頼人と共にお土産を冷やかしていた。手にあるのはそこで買ったものである。
「あの依頼人が、調子が良くて気のいい奴だったからなあ……」
 つい乗せられてしまった。
 年頃もさほど変わらない依頼人、気が合ったというか、馬が合ったというか。変わったお土産の並ぶ店で、次第にテンションが上がってしまったことは否定しない。楽しかったし、面白かったし、あの依頼人とは任務以外でも友達になれそうだ、とも思う。
「はあ……」
 ただ、それとこれとは別の話だ。
 手の中にあるお土産は、ちょっと悪ふざけの過ぎたもの。サクラやいの辺りに渡せばギャアギャア怒るかゲラゲラ笑うか、どちらかだという気がする。買った時には面白がって貰えそうだと思ったのだけれど、ちょっと冷静になった今、シミュレーションは完全侮蔑の可能性を否定できなくなっていた。もちろん冗談の通じないヒナタには渡せない、彼女は初めから選択肢にはない。ヘタをすればネジに殺される。
 かといって、シノやシカマルやチョウジといった男子陣に渡しても面白味に欠ける。ましてや自分へのお土産、などと言うのもバカらしい。皆さんも出先ではノリだけでお土産を選ぶのはやめた方がいいですよ、と是非忠告して回りたい気分のキバである。
 簡単な任務だったので報告書も簡単だ。里に帰り着くと、控え室でササッと規定通りに書き上げて提出し、完全に解放されたキバは詰め所をあとにした。とたんに能天気な声がかかった。
「よう、キバ! お前も任務帰り?」
「ナルト……」
 お前も、ということは自分もなのだろう。大きなバックパックを背負ったナルトが、任務帰りとは思えない溌剌さで手を挙げていた。背後のくたびれた数人は、同じ任務でナルトに付き合わされたのだろうことが窺える。相変わらず体力魔神だな、とキバは背後の彼らを哀れみをもって見遣った。
「いやあ、参ったってばよー! 予想より全然手応えのねえ連中でさあ!」
「あー、だろうな……」
 お前にかかれば、という科白は敢えて飲み込む。
 手応えがなかったのなら、別に全然参ったこともないだろうに、気合いが空回りしたと言いたいのだろうか。しらじらと見つめながら、そうだナルトならこの土産を面白がってくれるに違いない、と思い至る。
「おい、ナルト。面白いもん土産に買ってきたぜ」
「え、何? 面白いもんって」
 ポーチから綺麗に包装されたお土産を取り出すと、きょとんとして手を出すナルトに押しつける。
「お前アイツと付き合ってんだろ?」
「へっ!? あ、アイツって」
 ぎょっとしたナルトが慌てるが、キバにとってナルトが誰と付き合っているかはどうでもいい話だ。その相手がヒナタでなければ正直誰でも関係ない。
 もちろんナルトとサスケが濃密な関係であることは、鼻のいいキバでなくとも周知の事実でもある。
「相手いる奴向けの土産なんだよ」
「えっ何それ……」
 もしかしてヤラシイ系のグッズみたいな? とヒソヒソ聞いてくるナルトに、キバはウーンと唸る。
「いや……アダルトグッズとかじゃねえって。飴なんだ」
「飴?」
「アイツは甘いもんはダメか」
「あんまり好きじゃねえな」
「じゃあお前食えよ」
 そうだ、ナルトなら全くもって有効活用してくれるだろう。悪ふざけ仲間としてはかなり気の合う方である。
 頭上にクエスチョンマークを浮かべるナルトの肩を叩き、キバはスッキリした気分で帰路についた。
 
 

*      *      *

 
 
「何だ、これ」
「ああ……キバに貰った」
 今そこで会って、と中忍ベストを脱ぎながらナルトは答えた。
 サスケとは、一緒に暮らしている訳ではなかったけれど、任務から帰るとつい相手のアパートへ足を向けてしまう習慣だ。それは自分だけではなく、サスケだってそうなのだから、二人は結構な両思いだとナルトは思っている。
「開けていいぜ。飴だって言ってた」
「何で飴……」
「お前、やっぱ飴なんか食わねえよな」
「つうか、よく甘いものをずっと口の中に入れておけるな……」
 まあ、ナルトだって飴ちゃん大好きという訳でもない。任務では糖分の摂取目的で携帯することもある、その程度のものである。
 子供でもあるまいし。
 そう思うと同時に、そういえば『相手いる奴向けの土産』だと言われたことが脳裏を過る。もしかして、ちょっとした媚薬効果でもあるのだろうか。そんなことを思いつつ振り返ると、サスケがキバのお土産を持ったまま固まっていた。
「サスケ?」
「……」
 手を覗き込むと、器用に包装紙を解かれた飴が姿を見せている。
「何だこれ、デケエ飴!」
 ナルトは思わず吹き出した。棒にゴテゴテと巻き付けられた飴はまるでフランクフルトのようだった。よく縁日で見かける飴細工の屋台を思い出す。見ている前で細工してくれる職人技は素晴らしかったし、色とりどりの飴は美しかった。
 しかし、キバのお土産の飴は不格好もいいところだ。色はまあマーブル模様ではあるが、修行中の飴細工職人の失敗作かと見紛うレベルである。しかも大きい。甘いもの嫌いのサスケが硬直するのも仕方ない。
「こんなデケーの、舐め始めたらしばらく何も出来ねえな」
 アハハ、と笑うとサスケが微妙な顔でナルトを見つめた。
「お前……食うのかよ、それ……」
「え? まあ、せっかく貰ったし」
 夕食までにはまだ時間がある。ここはサスケのアパートで、いつも通りなら夕食はサスケが用意してくれる。それまでの繋ぎに舐めながら待っていよう。
 ばり、と包装フィルムを剥いで、突き出した棒を持ち、先端をぺろりと一舐め。
「ふーん……味は普通のべっこう飴みてーなのな」
「……」
 特に変わったフレーバーということもなく、これでは本当に失敗した飴細工のようだとナルトは思う。
「形はわりーけど、まっ飴は飴だよな」
「……」
 舐めながらソファに腰を下ろす。
 味は普通だし、何か媚薬的なものが含まれている感じもしない。何なんだろう? キバの言っていた意味が分からない。
「そういえばさあ、これ、相手がいる奴向けのお土産だって言われたんだけど……」
 ぶっ、とサスケが吹き出した。
 いつもなら話をしながらでも食事の支度が出来るサスケが、ふと、今日に限ってナルトの前から動かないことに今更気付く。
(ん……?)
 どういうことだろう、これはもしや、この飴の効果なのか。普段はつれない態度の恋人の気持ちを、こちらへ向けさせることが出来る飴なのだろうか。しかし吹き出したサスケは、ローテーブルに肘をついて、俯く額を支えているばかり。しかも頭はどんどん沈んでゆく。
「サスケ?」
 とうとうサスケはローテーブルの下、カーペットに突っ伏した。どうやら笑いを堪えているらしい。意味が分からない。
「……まあ、つまり……それで練習しろってことなんじゃねえのか……?」
「えんひゅー?」
 肩を震わせながらそう呟くサスケを、飴を銜えたまま覗き込む。
「ナルト、お前、マジで分かってねえのかよ」
「へ? 何が?」
 二人してカーペットに座り込み、向かい合う格好で珍しいサスケの姿を見つめる。正直全く何も分からなかったが、腹を押さえて笑いを堪えるサスケが可愛くて、万が一バカにされているのだとしても気にならない。
 ふと、サスケの手がナルトに伸びる。飴を持つ手を握ると、自分の方へと引き寄せた。ちゅぽん、と飴の先端がナルトの口から引き抜かれる。
「……よく見ろ、これ」
「え?」
 歪な飴の何を見ろと言うのだろう。さっきからずっと見ているのはサスケだって分かっているはずなのに。
 じっと見ていると、サスケは焦れたようにその飴を自分の口元へ寄せてゆく。
(……)
 手を掴まれたまま、それを見てナルトは何だか卑猥な想像をしてしまった。甘いものは得意ではないサスケが、ナルトを見つめたまま舌を出す。
 ゆっくりと飴を舐め上げる動作に、思わずゴクリと喉を鳴らした。
(怒られちまうってばよ……)
 サスケの目が少々潤んでいるのは今ずっと笑いを堪えていたせいだし、ほんのり頬が染まって見えるのも同じ理由だ。なのに、スティックを前にして、僅かに上目遣いでナルトを見るその光景は──。
「……あ」
 歪な飴? ナルトはざあっと血の気が引いた。
「ぎ……っ、ぎゃあああぁぁぁぁ!!!」
 
 歪な形の大きな飴、それは『子宝飴』だった。
 
 子宝飴とは、男性器を模した飴である。実物は画像検索でお確かめ頂きたい。ナルトはもちろん、そういうものが存在することは何となく知っていたけれど、実際目にするのはこれが初めてだった。
 そうと気付いてしまえば、その形はもう陰茎そのものにしか見えない。いや、一目見たサスケが一発で理解したように、本当ならナルトも気付くべきだったのだ。
「き、き、キバのヤロー!!! 舐めちまったじゃねえかァ!!!」
「お前が全く気付きもしなかったことの方が驚きだぜ」
「だって、だって、大きさが全然違うじゃん!」
 そう、子宝飴は飴としては大きかったが、ナルトやサスケの実物の陰茎──特に勃起状態の陰茎より、ひと回りもふた回りも小さかった。いわばミニチュアだ。
「形はそのものじゃねえか。俺はお前がおかしなこと言い出すのかと思って警戒したのに……お前……っ、じ、自分で、」
 言いながら、サスケはまた笑いがこみ上げ、顔を俯けて口元を押さえる。
「あああ、もおぉ!!!」
 どうすりゃいいんだ! 大きくデフォルメされた亀頭、くっきりとした括れ。もはや手に持っているのも嫌だ。
「サスケェ! お前、責任取れってばよおぉ!」
 どうしようもなくて、涙目でブルブル震えるその手をサスケに突き出す。もちろんサスケが甘いものなど好きではないことは知っていたし、だからこそ自分で舐め始めたものではある。けれど、これ見よがしに何かを想像させるように舐めて見せたのはサスケなのだ。
「何の責任だ」
「俺が口付ける前に教えてくれりゃ良かったんじゃん!」
「こっちが責任取ってほしいっつうんだよ……」
「ハア!?」
 くつくつと笑いを噛み殺しながら、サスケは意外にも、特段の抵抗なく子宝飴をナルトから取り上げた。
 そのまま伏し目がちに先端を見つめると、殊更ゆっくりと舌を伸ばし、絡めるように舐める。
「……」
 先ほどもそうだったけれど、元々はナルトが舐めていた飴だ。それにはナルトの唾液が付いていて、しかしサスケはそんなことにはお構いなしに舌を這わせている。
 先端を舌全体で包むようにねっとりと舐める。尖らせた舌先で括れた溝を辿る。幹を下から上へ。
 ゴクリ、再びナルトの喉が鳴る。
 ナルトの凝視に晒されているサスケが、その先端を口の中へ招き入れようとして、けれど止めた。
「……駄目だな」
「へっ」
 全然ダメそうに見えない悠然とした微笑みを浮かべるサスケが、テーブルに放置された包装フィルムの上に子宝飴を放り出す。
「甘すぎて話にならねえ」
「……まあ、飴だし……?」
 呆気なく飴を放棄したサスケに、少なからずガッカリしたナルトだ。けれど、こんな悪ふざけのお土産を前にしてサスケが怒らなかったことだけでも良しとせねばなるまい。
 そんなことを思っていると、不意に、サスケの顔が近付いてビクリとする。あぐらをかくナルトにのし掛かるような格好で、端正な顔がイタズラっぽく笑っていた。
 ああ、怒っていないどころか、機嫌は良さそうだ。
 と思うと同時に、その整った顔は更に近付き、ナルトの唇を塞いでいた。
「!」
 いつになく積極的なサスケが、合わせるだけでは足りないとばかりに、深く合わせて舌を滑り込ませてくる。その舌は途轍もなく甘くて、必死になってそれを味わううちに、ナルトの頭の中は真っ白になった。何でこんなに気持ちがいいのか分からない。サスケの手が足の付け根を焦らすみたいにじっとりと撫でている。
「責任……取れよ」
「へ……?」
 言われている科白の意味も分からない。
 何だかよく分からなかったけれど、滅多にないサスケからのお誘いを断れるようなナルトではない。と言うか、これはもしや噂に聞く据え膳というものだろうか?
 誘われるまま、カーペットの上で、ソファやローテーブルの足にあちこちぶつけながら、ナルトは飴なんかよりもっと甘いサスケを堪能するのだ──。
 
 その日の夕食は、深夜にずれ込んだことは言うまでもない。
 
 

*      *      *

 
 
「よ、ナルト」
「キバ!」
 数日後、同じ任務でチームとなったキバに、ナルトは満面の笑みで感謝した。
「こないだのお土産、あれ、すっげえなー! サンキューな、キバ!」
「……そんなに役立ったのか?」
「おう、なんつうか、すごかったってばよ……」
「……」
 キバとしては、何となく居心地が悪い。
 考えてみたら、自分を含め、同年代で恋人がいるのはナルトぐらいなのだ。たとえその相手が同じ同期の男だとは言え、である。エヘヘとはにかんだように笑うナルトは、あのお土産を、果たして本当にダシにしたというのか。
「……アレ、マジでお前が食ったのか?」
「え? ああ、最初は俺が舐めてたんだけど、俺全然分かってなくてさあ」
「は……?」
「いや、飴だとしか思ってなかったから全然普通に舐め始めちまったんだけど、それ見てサスケが大爆笑でさあ」
「…………」
「それでなんかいい雰囲気になったってばよ」
 子宝飴をごく普通に飴として舐めたナルトと、それを見て大爆笑したサスケが、それで良い雰囲気に?
「お前ら、全然分かんねえよ、それ……」
 えっ何でだよ、と無邪気な問いを投げかけてくるナルトを、恨めしいと思うのは人情だろう。恋人のいない身としては。
 やっぱり買うんじゃなかった。
 皆様もくれぐれも、旅先のノリだけでお土産を選ぶことにはご注意ください。