ケーキ奥義。

「おい、サクラ」
 何故だか微妙に眉を歪めたサスケにコソリと呼ばれ、ななななあに!? とサクラはひっくり返った声を上げた。し、と囁くサスケに腕を掴まれ、もうそれだけで失神してしまいそうだ。少し離れたところには、仕掛けたトラップを見張るナルトとカカシがいる。その二人が振り向かないことを確認して、サスケが用心深く口を開く。
「…お前、カカシと付き合ってんのか?」
「はあァ!!?」
 目玉が、飛び出るかと思った。
 

  ケーキ奥義。

 
「バカ、声がでけえ!」
 すばやくサスケに口を押さえられて、サクラの「はあァ!!?」という素っ頓狂な返事は実際には「は」までしか発することが出来なかった。カカシの振り返る気配に、さっと体を伏せる。今はDランクとはいえ任務中で、本来なら私語厳禁だし、ターゲットである凶暴なイノシシに感付かれるようなヘマはしたくない。ふがふがと頷けば、サスケはようやくその手を外した。
 けれど正直、予想外の爆弾を落とされた衝撃よりもサスケに口を塞がれた幸福にドキドキのサクラだ。
(やだ、サスケ君の掌にキスしちゃった!)
 しかも、肩を抱き寄せるようにして顔を近付けている。それは内緒話のためだし、どちらかと言うと、肩は抱いているのではなくて掴んでいるというのが正解だ。
(きゃああぁぁぁ!!!)
 それでもサクラは、急な接近に心拍数が上がりっぱなしだ。顔を真っ赤に火照らせて、手も肩も何もかも震えてしまう。
「…どうなんだよ」
「へ…っ? あ…や、やだァ、そんな訳ないじゃない…!」
「…」
 辛うじて否定するけれど、サスケの目は何やら疑わしげだ。
 サスケは、サクラが好きなのはナルトだと思い込んでいるはずだ。非常に不本意ではあるけれど、恋敵という位置づけで、しかもサクラはナルトに振られたことになっている。不本意を通り越して不名誉だ。
 だが、それがどうして急にカカシなのか。
「え…えっとぉ…何でそんな話になった訳…?」
「…デートしてただろ、この前」
「デートおぉぉぉ!!?」
 もちろんその叫びは、目を剥いて息を吸い込んだサクラに絶叫を予期したサスケが、一言すら発する以前に防いでいた。
「でけえ声、出すんじゃねえよ」
「ウグウグ…」
 手が離れるのと同時に「ぷはあ」と息を吐く。
 なるほど、そういうことだったのね。
 二組に別れる時には、いつもさりげなくナルトと組むサスケが、今回は「私と組まない?」とすり寄ったサクラに頷いた。つまりサクラに話があったからなのだ。
 しかし、デートとは一体何の話だろう。
(カカシ先生と二人でどこか出かけた記憶なんて…)
 ある訳がない。
 だが、不意にモヤっと何かが蘇った。
(あ…!)
 そう、ホワイトデーのことだ。
 あれは、ヤケクソでカカシにあげたバレンタインチョコのお返しだ。クナイとクッキーを貰って渋い顔をしたら、じゃあ例の喫茶店に連れていってあげるよと言われたのだ。
 先生と二人で行ったって…と思ったけれど、女の子に変化しているサスケを見たい気持ちが上回った。
「デートって…先生と二人で出かけたことはあるけど、そんなんじゃないわ!」
「…普通、男女が二人で出かけるのを『デート』っつうんじゃねえのか?」
「普通はそうかも知れないけど!」
 何しろ師弟関係である。寧ろ七班を預かるカカシは保護者だと言った方が適切かも知れない。
 例の喫茶店で盗み見たサスケは、超の付く美少女だった。その花のかんばせを堪能すべくナルトの背後に陣取ったから、ナルトには気付かれていないだろう。もちろんすぐ側ではなく、かなり離れた席だ。ホワイトデーということもあり、どのテーブルもカップルで溢れていて、予約なしで割とすぐ案内されたのは運が良かったと思う。本当はもう少し近くで拝みたかった。けれど贅沢は言うまい。
 何しろ、本当に、美少女だったのだ。
 サスケが女の子として生まれていたら、サクラはきっとレズビアンに走っていただろう。そう思ってしまうほど、サスケは可愛かった。芯の強そうなまなざしは変わらないのに、可憐と言って差し支えなかった。普段のサスケと変わらず、無愛想と言うか無表情ではあったが、ナルトと言葉を交わす時やケーキを口にした時の無防備な微笑には心臓を撃ち抜かれた。なるほどナルトが宗旨変えするというものだ。
「…それに、最近お前、よくカカシと二人でいるだろ」
「…」
 それは四人しかいない第七班で、サスケがナルトに寄り添っているせいだ。いちゃいちゃ、と言うほどのものではないかも知れないが、サクラにしてみれば面白くない親密さでいたたまれない場面が多々ある。
 もちろん爪弾きにされている訳ではない。四人でいる時というのはつまり演習中とか任務中なのだから、サスケとナルトとて二人の世界を作りたくても作れない。四人仲良く、が基本だ。けれど、どうしたって二人の間に割って入れない雰囲気の時がある。
 そんな時、察したカカシが「ねえサクラ、ちょっと肩揉んでくれない?」だの「面白い術教えてあげようか」だのと呼び寄せてくれる。サクラは自然な態度で二人から離れることが出来るのだ。
「不自然だろ、アレ」
「あ、アレって…」
「肩揉めって」
「…」
 大して疲れるようなことをしないカカシだが、サクラを呼ぶのに最も無難な理由なのだろう、「肩揉んで」が常套句だ。確かに、単純労働は下忍三人に押しつけているカカシの用事としては、ちょっとアレだ。サクラは引き攣り気味に笑った。
「そ…そうね…! でもホラ、先生今までの過酷な任務であちこち痛めてるじゃない? 下忍を受け持つのも事実上私たちが初めてな訳だし、慣れなくて肩凝るのかも…」
「あいつがそんなタマかよ」
 ああサスケ君は一体何が気に入らないのかしら。
 普通に考えれば、ナルトとの二人の時間が多くなるのはサスケにとって良いことのはずである。だが、問い質すサスケはどこか苛々として見えた。
(まさかやっぱりナルトより私のこと…?)
 不毛なホモは一時の気の迷いで、やっと女の子に目覚めてくれたのかも知れない! サクラはある種の感動と期待をもって、地面にのの字を書きつつサスケを窺った。
「で…でもォ、ビンゴブックに載るような、有名で優秀な忍な訳でしょー? そんな先生からしてみたら、CランクやDランクの任務なんてつまんないだろうしィ、私たち下忍の世話なんて本当は向いてないのかも知れないしィ…」
「…やけに庇うじゃねえか」
「えッやだあ、そんなことないわよ!」
 サクラがカカシの肩を持つのが、どうやらサスケには面白くないらしい。俄然サクラは生き生きとし始めた。
「お前、カカシの噂…まだ聞いてねえのかよ」
「噂? ああ…『ホモでロリコンで二股』ってやつ?」
 サクラはホワイトデー残念会という名の女子会で聞いた噂を思い起こした。何でも、男にバレンタインチョコを渡したくせに、ホワイトデーには少女と喫茶店にいたとか。その『少女』が自分であることは分かっている。
 でもまあ、あれは自分がヤケクソで押しつけたチョコに対する、義理堅いお返しにしか過ぎない。もちろん双方、本気でデートだなんていう認識ではないのだ。ホモの方の真偽は定かではないが、そんな訳でロリコンというのは誤解である。
「知ってんなら、そんな暢気に構えてんなよ。危ねえぞ、あいつ!」
「サスケ君…」
 ああ、サスケ君がこんなに親身になって心配してくれるなんて! 舞い上がる心を地につけておくのが一苦労だ。
「大丈夫よ、サスケ君…! 先生はロリコンじゃないもの」
「サクラ…あいつは、…ロリコンだ。間違いねえ」
「え?」
 言い切るサスケに、サクラは目をしばたいた。言いにくそうにしていたサスケが、目を泳がせながら口を開いた。
「…あいつ、ナルトにも俺にも手は出さない、出すならサクラだ…って」
「…」
 思わず吹き出しそうになって、サクラは慌てて口を押さえた。
 真剣なサスケには申し訳ないけれど、カカシがロリコンでないことはサクラには分かる。女の勘、と言っても過言ではないだろう。カカシからは、そういうイヤラシイものは感じない。まなざしも接触も、保護者そのものだ。もしサスケの言うことが本当だとしても、カカシとしては『手を出すなら男より女』という程度の意味でしかなかっただろう。
(ん? そうすると、ホモって噂も嘘だわね…)
 つまりカカシは、ごく標準的な性的嗜好ということになる。噂なんてそんなものだ。
「サスケ君、もし、もしだけど、先生がロリコンだったとしてもよ? 先生は私のことなんて、何とも思っていないわ」
「サクラ…お前…」
 サスケが、何故だか痛ましい顔つきになった。
 え、何で? 何がどうして?
「悪ィ、気が付かなくて…」
「え?」
「お前…カカシのこと…」
「は?」
 さっと頬を染めるサスケを、サクラは訳が分からず凝視する。
 え? 何? 私が先生のこと…何?
 ちょっと待って、サスケ君、何か勘違いしてない?
「…ナルトに振られて自棄になってんのかと思ったんだが…」
「あ、あの、サスケ君…?」
「お前が本気ならいいんだ…」
「ちょちょちょっと待ってサスケ君! ちち違うの、違うのよ、私は別に先生のことなんか好きでも何でもないんだから!!」
 慌てて否定するけれど、まるで悟りきったような黒い瞳は、もはや揺るがない。
「俺にまで隠さなくてもいいだろ」
「か…っ、隠してなんかないわ!!」
「これからは相談に乗るぜ」
「サスケ君~!!」
 ムキになって否定すればするほど、サスケの中では信憑性が高まるようだ。ああ何で。ああどうして。神様はいじわるだわ。私が好きなのはずっとずっとサスケ君ただ一人なのに、そのサスケ君にだけはどうして想いが通じないの? ええまあそりゃあまだハッキリと告白してはいなかったけども。
「おい、来たぞ」
 サスケが灌木の陰から罠を見遣る。地響きみたいなイノシシの足音がどんどん近付いてくるけれど、サクラはそれどころではない。頭の中がぐちゃぐちゃする。
「チィ…Aトラップ失敗! サクラ、Bトラップ来るぞ!」
 巨大なイノシシは、カカシとナルトの担当したトラップを蹴散らして一直線にこちらに向かってくる。
「何だ、あれ…。あんなデケエなんて聞いてねえ」
 大型犬ほどもあるイノシシ、という話だったのだが、二人をめがけて突っ込んでくるのは牛よりも更に大きい。明らかに虚偽申告の依頼だ。罠は『大型犬』ほどのイノシシを想定して作られている。サスケとサクラのトラップも突破される危険性がある。捕獲できなければ、また新たに罠を仕掛けなければならない。
 まあ、虚偽申告だし、中止して帰っても文句を言われる筋合いはない。
 ないのだが。
「…サクラ?」
 ふらり、とサクラはBトラップの前に出る。
「おい、サクラ!」
 慌てたサスケの声を背後に聞きながら、サクラはぐちゃぐちゃの思考を放棄するべく拳を握った。イノシシが何よ。ちょっと大きいからって、イノシシはイノシシじゃない。イノシシ如きが何だって言うのよ!

「…ッしゃアー!! ンなろォ───!!!」

 絶妙なるタイミングでもって、サクラの拳がイノシシの顎にインパクトする。直進の勢いのまま、イノシシは宙に舞った。サスケを始め、ナルトとカカシもぽかんと口を開けたまま、放物線を描きながら三回転するイノシシを見送っていた。森の外で、依頼した村人たちもまた梢の上をぽかんと眺めていた。凶暴なイノシシに困っていた村にはこうして平和が訪れたが、この時のサクラのアッパーは子供たちに恐怖を与えるのに充分すぎて、「悪いことするならサクラちゃんに来て貰うよ」と言うと泣いて「ごめんなさい」と布団に潜り込むようになるのは、また別の話である。
 

*     *     *

 
「なんか、最近、仲いいってばよ…」
「うん?」
 元々はサクラを好きだった、そして今はサスケと付き合っているナルトが、複雑そうに呟く。視線を辿れば、そのサスケとサクラが何やらヒソヒソと囁き合っていた。
「そうみたいだねえ」
 いやらしい感じはしない。子供同士のお喋り、もっと言うなら女の子同士の密かなお喋りのような雰囲気だ。もちろんサスケは男の子だし、ちゃんと男らしい。けれど『男女の仲の良さ』には届かなくて、ナルトのことしか恋愛対象として見ていないサスケは、サクラと一緒にいてもオオカミになどなり得ない。なのでイメージとしては『女の子同士』だ。
「気になる?」
「気にならないワケ、ねーってばよ」
 口を尖らせるナルトはまだまだ、13歳という年齢よりもずっと子供に見える。けれどサスケと二人でいると、何故かこの顔でも時折大人びて見えたりもするのだ。恋とは人間を成長させるものなのかも知れない。
「でも、二人が仲良くしてんのは嬉しいし、サクラちゃんが楽しそうだとほっとする」
「へえ…?」
 何とまあ、大人な感想ではないか。
「でもさ! でもさ! 俺が『何話してんの?』って入ってくと、サスケの奴『お前には関係ねえ』って言うんだってば!」
「あらら、仲間外れ?」
「…」
 ぷく、と頬を膨らませて不満を訴える。
 仲間外れは良くないなあ。
「どうする?」
 先生が間に入って何か言った方がいい? と見下ろしても、ナルトは首を横に振る。
「いいってばよ。サクラちゃんがサスケのこと好きでも、サスケは俺と付き合ってるんだもの。いつでも全部独り占めしたらダメだってばよ」
「…」
 ほんと、意外に、大人だねえ。
「先生もさあ! よくサクラちゃん呼ぶけどさあ! 先生は七班の先生なんだから、エコヒイキしたらダメなんだってばよ!?」
「あー、そうだねえ。ダメだよねえ」
「チームワークが大事だって、いつも言ってんのは先生だろ!?」
「言ってるねー」
 ああ何だかいいなあ、とカカシはほんのり笑う。たぶんナルトとサスケはまだ清いお付き合いなのだろう。往来のど真ん中でキスはやらかしたようだけれど、まあ、キスぐらいなら清い内だ。
 子供というのは、いつまでもこんな、健全なままではいない。いつの間にか大人になって、不健全なことも覚えていく。こんなに健全で何もないのは今ぐらいで、そこに立ち会えた幸運みたいなものをしみじみ噛みしめた。
「じゃあ今度はサスケに肩揉んで貰おうかな~」
「ええっ!?」
 弾かれたように顔を上げるナルトに、カカシはほのぼのと笑いかけた。ナルトは明らかに不満そうで、それが可笑しい。サクラを呼び寄せるように「ねーサスケー」と声をかけると、横でナルトがわあわあと喚き出した。
「何よ、お前は何が不満なの」
「だって、だって、なんかダメだってばよ!!」
「だから何がダメなのよ。サクラを依怙贔屓しないってことは、お前やサスケも構わなきゃでしょ」
「ち、違うってば!! センセーがサクラちゃんを構わなくなるだけでいーんだってば!!」
「ええー、それってさあ、俺を仲間外れにするってことじゃない?」
 食ってかかるナルトの頭を押さえながら、呼ばれてやってくるサスケを振り向く。あ、まずい。カカシは反射的にナルトから手を離した。サスケがじっとりとこちらを睨めつけているのだ。
 かつて「ナルトに手を出すなよ」と釘を刺された記憶は鮮明だ。もちろんサスケも同様なのだろう。
「何の用だ」
「あ、ちょっと肩揉んでくれない?」
「何で俺が」
 けんもほろろに言い捨てて、まるで汚物でも見るような目を向けてくる。身長はこちらの方がずいぶん高いというのに、しっかり見下ろされている気がする。フン、と鼻白んだ様子は、しかし不意に和らいだ。
(ん?)
 こんな場面で、珍しいこともあったものだ。
「それならサクラに言えばいいだろ」
「…あ、やっぱり?」
 やっぱり? などと言いつつも、サスケの口から更に珍しいことを聞いてカカシは軽く瞠目した。
 いや、いつもサクラを呼んでいるのだからサスケもそういうつもりで言ったのかも知れない。けれど、そう思った次の瞬間、何やらすごいものを見た。サスケが、サクラの腕のあたりを肘で小突いたのだ。
 すごいもの?
 それはごく軽い接触で、そこだけ見れば単に腕を動かした際に触れてしまった程度だ。けれど、何と言うか───そう、サクラを冷やかすような空気で、サスケがそんなことをするだろうかというミスマッチ。ハッキリ言って、すごいものだ。本当に女の子同士のようではないか。
 サクラの方は、サスケに構われて嬉しいのとカカシの用事を押しつけられて迷惑なのが入り混じった、複雑な顔で苦笑している。
「ナルト」
 サスケが呼んで、どこか腑に落ちない様子のナルトが離れ、代わりに押し出される形でサクラがこちらへやってくる。ああ可哀想にね。後ろ髪をたっぷり引かれながら、しょげたため息をついている。
「…何話してたの、サスケと」
「色々です…」
 サクラは乾いた笑いと共に、空になったお弁当箱を畳んでポーチにしまう。
「えっと、肩ですか?」
「ああ、うん。まあ、いいんだけどね」
「じゃあテキトーに」
 切り株に腰を下ろすカカシの背後に回ると、サクラは宣言通りかなり適当に揉み始めた。もちろん、いつも別に本当に肩が凝ってサクラを呼んでいる訳ではない。それを承知で、彼女は大した力も入れずに揉んだフリだけしているのだ。
「…ねえ、先生」
「ん?」
「先生は、今付き合ってる人って…いる?」
「え、いないけど」
 何、どうしたの? と振り返ると、実にやる瀬ない顔のサクラが、少し離れたナルトとサスケを眺めていた。
「…サスケ君が、訊いてみろって」
「サスケが?」
 ああ、何となく読めてきた。
「…お前、妙にサスケと仲良くなったと思ったら…」
「しょうがないじゃない…サスケ君って思い込み激しくて、私が先生のこと好きだって勘違いしてるんだもの…」
 ああやっぱり。
 道理で女子二人のように見える訳だ。二人でこそこそと、各々の『好きな人』について話していたのだろう。
「じゃあ、あんまり『肩揉んで』なんて言わない方がいい?」
「いえ、今まで通りでいいです」
 サクラは遠い目はしているものの、決定的にうちひしがれている様子はない。打たれ強いのか、麻痺してしまったのか。
「勘違いも、まあ…いいんです。なんか、サスケ君優しくしてくれるし、親身になってくれるし、今一番サスケ君と仲がいい『友達』って私だと思うから」
「友達、で…いいの、お前は」
「いいの。もしサスケ君がナルトと別れることになったら、私が誰よりも先に知ることが出来るんだし」
「…前向きだね」
「そうよ。恋する女の子は前向きなの」
 前方を見遣れば、どうやらナルトにはこの話を内緒にしているらしいサスケが問い詰められている。
「ねえ、先生…」
「はい?」
「十年経っても状況が変わらなかったら、責任とってくれる?」
「何の責任!?」
 ぎょっとして振り向くと、やけに大人な顔つきで見下ろされた。
「先生、よく『肩揉んで』って私を呼ぶでしょ? 私、それで先生のこと気になり始めたってことになってるから」
「…」
 ああ、サクラに気がある素振りを見せた責任、ということか。いや、気がある素振りというか、サクラに気を持たせるような真似をした責任。
「ああ、うん。いいよ、分かった」
「約束ですからね」
 サスケ以外にカカシしか選択肢のなくなったサクラに、年頃の見合う男を紹介するとか、そんな感じで良いのだろうか。まあ、十年経つうちには、サスケ以外にだって目を向けているかも知れない。サクラは今は子供だけれど、きっと美人になるだろうし、周囲が放っておかなくなるだろうし。
 自分が十年後も生きている可能性は、どれほどあるだろう。生き延びて教え子のそんな姿を見られることを考えて、カカシは仄かに笑った。これは簡単には死ねないな。何が何でも生き延びて、サクラの花嫁姿を拝まなければ。十年後もサクラが独り身だったなら、「これぞ」といういい男を探して紹介しなければ。何だ何だ、これでは本当に保護者だな。心のどこかがくすぐったい。
 だが───。

「先生、結婚するわよ」

 そう言ってサクラがビシッと婚姻届をカカシに突きつけるのは、きっかり十年後の未来。
「責任取るって言ったわよね?」
 ああ、あれ、そういうストレートな意味だったんだ? という呟きは胸にしまって、カカシは曖昧に笑ってサインした。こっちも独身のままだったのは、偶然か、必然か。
 まあ、23歳となったサクラが相手である。ロリコンだのホモだのという不名誉だけは、返上できるのだった。