不規則法則(かみあわない)

「サスケ……それ、なんか……」
 エロいってばよ。

 何だそれは。
 鏡に映るウスラトンカチを不可解に眺めること、きっかり五秒。訳の分からないまま、俺は歯磨きを再開させた。

  不規則法則(かみあわない)

 ナルトが意味不明のことを言い出すのはよくあることだ。いちいち気にしてたらイライラが募って体に良くない。適度に無視するのが正解だ。それでもどうしても食い下がってくる時だけ、相手をしてやればいい。
 その時ナルトは、ただそれだけ呟いて鏡の中から消えてしまったので、俺は途中だった歯磨きを優先させるのに問題も躊躇も感じなかった。
 口を濯ぎながら、鏡に映る自分の姿を見る。
(……エロい?)
 湯上がりでボクサー1枚に、肩にバスタオルをかけただけの姿。髪の先からはポタポタと雫が落ちる。
 だが、そんなのは毎回のことだ。風呂が先か歯磨きが先か、という違いはその時々の気分だったり、どちらが先に風呂に入るかで決まったりする。ここはナルトのアパート、お世辞にも広い洗面所ではないので、譲り合いが大切だ。
 俺はこうして時々ナルトの部屋に押し掛ける。お互い一人暮らしだし、入り浸ったからといって文句は言われない。もういっそ同居してしまった方が、経済的にはいいのかも知れない。狭いからプライベートはないに等しいが、そもそも何となく体の関係がある仲なので、今更特に気にならない。なのにそうしないのは何故だろう。ここに暮らすという行為より、ここに入り浸るという行為が好きなのかも知れない。ここは居心地がいい。
 髪を拭きながら居間兼キッチンに入ると、ナルトがペリエを放って寄越した。レモンのフレーバーは俺の好みであって、ナルトは自分では飲まないくせに俺のために用意している。蓋を開けて飲み始めると、ナルトはドライヤーを手に俺の背後に立った。
 こんなふうに俺に構う時は、ナルトは「したい」気分なのだ。
 俺は黙ってがたつく椅子に座り、ナルトの好きにさせる。自分で乾かした方が、ハネは少ない。ナルトはくしゃくしゃとかき混ぜながら乾かすので、自然乾燥の時より派手にハネてしまう。だが、気にしても仕方がない。こんな時に綺麗に整えたって、どうせベッドでぐしゃぐしゃに寝癖を付けられてしまうのだ。
 ドライヤーの熱風が髪の温度を上げてゆく。ナルトの熱い指先が地肌をくすぐる。その指先が首に降り、喉に回り、顎を捕らえて上向かせる。さかさまのナルトが、戯れのように口付けた。掠めただけの唇がやけに熱かった。

*     *     *


 腕を掴まれて数歩ゆけば、あっという間にナルトの寝室だ。
 肩に掛けていただけのバスタオルは居間兼キッチンの床にするりと落ちた。目を合わせないナルトはたぶん照れている。どうしていいのか分からないのだろう。そんなのは俺だって同じだから、俺たちは二人して視線を彷徨わせながらベッドになだれ込むのだ。
 キッチンからの明かりは薄明るく寝室に侵入する。
 真っ暗闇ではおぼつかないが、微妙な光源は、そういう行為に合いすぎて俺たちは無口になってしまう。かと言って寝室の照明を点ける勇気まではない。行為がエスカレートして螺子が一つか二つばかり外れるまで、それはいつものことなのだ。
 ベッドに乗り上げて早々、ボクサーを引きずり下ろされる。別に文句はない。余裕のないナルトは、自分が脱ぐ間も惜しんで俺にのしかかった。
 薄暗い中では、陰影は曖昧で艶かしい。健康的なナルトの腕すらも欲を孕んで見える。
 顔が近付いて挨拶のようなキスを落とされる。
 僅かにかかった吐息は熱を帯びて、ああたぶん俺も同じなんだと思った。

 唇を軽く食んだナルトは、そのまま首筋に移動する。頬と耳に短い金髪がふわふわと当たって、鎖骨の辺りには湿った吐息と温い舌が這い始め、ぞくぞくと鳥肌が立つ。奴の背中に腕を回すと、体をぴったりと押し付けてきた。ナルトの体温がTシャツ越しにじわりと伝わる。やはりバスタオル一枚では冷えていたのだ。脇腹からぞろりと撫で上げる掌に肌が粟立つのはそのせいだ。
 早く、
 熱を分けろ。
 太腿でナルトの腰を擦り上げると頸動脈に吸い付かれた。ああ手順がまだるっこしい。早く直接的な刺激が欲しい。ナルトだって余裕はないはずなんだ。俺は背中に回した手でTシャツをたくし上げた。そうやって「脱げ」の合図を送ると、いつもナルトはもどかしげに体を起こすのだ。
 だが何故か、今日に限ってナルトは離れない。
 頸動脈から鎖骨に唇が滑り下りてくる。吐息まじりに軽く歯を立てられ、その隙から舌先が薄い皮膚を撫でる。熱い掌が何度も脇腹を往復している。ナルトのTシャツが剥き出しの俺の肌をくすぐって、一番敏感なところまでくすぐって、ああ、と思わず声が漏れた。瞬間的に顔が火照る。脇腹をさすっていた手が胸に伸びて、親指が突起を掠める。何度か繰り返されるとそこはぷくりと固くなるけれど、俺はそれが嫌でナルトを突き飛ばした。
 目が合ったナルトは、笑うでもなく怒るでもなく、ただ顔を近付けて再び唇を食んだ。唾液に濡れたナルトの唇は柔らかい。片手で髪をまさぐりながら、片手をナルトの股間に伸ばす。そこはハーフパンツの上からでも隠しようもなく猛っていた。さすってやると、唇を強く合わせられ、口が開く。侵入する舌を待ち構えてくすぐると、肩を掴むナルトの手に力が籠って、空いた手が俺の下生えを探った。ぞくりと背が震えた。
 ああヤバい、気持ちいい。
 立ち上がりかけていたところを柔らかく握り込まれ、軽く揉むように扱かれると簡単に固くなった。
「ナルト……、」
 与えられる刺激に、ナルトをさする俺の手が疎かになる。胸元に熱い吐息が下りてきて、先ほど俺が嫌がったところを温い舌がべろりと舐め上げた。嫌だ、と思うが半分以上は下半身の気持ちよさに気を取られて、抗議は後回しだ。髪を混ぜるように掴み、Tシャツの背中に縋る。ナルトの舌は乳首を押し込めるように小刻みに動く。陰茎の先端からは雫が溢れ始めて、それをナルトの親指が広げるように塗り付ける。ああ畜生オマエこんなことばっか上達早えなんて反則だ。呼吸がナルトの手に乱される。髪とTシャツを掴む指から力が抜ける。どうにでもしてくれ。
 俺の拘束が緩んだ途端、ナルトが体をずらした。
 下へ。
 あ、と思った瞬間には、俺はナルトに先端を銜え込まれていた。
「う、ぁあ、……ッ」
 熱い唾液と吐息に満ちた口腔内。ぬめる舌の全体を使って、緩慢に先端を舐め上げられる。ナルトの方が絶対に余裕がないはずなのに、焦らすみたいにやわやわと緩い刺激を送ってくる。もっとして欲しくて、髪をまさぐる。すると奥深くまで銜えられて、反射的に腰が引けた。もちろんベッドに仰向けの俺には逃げ場はない。それでもナルトは俺を追うように、更に深く飲み込もうとする。先端がナルトの喉の奥に当たる。くふ、と苦しそうにえずくぐらいなら、そこまでしなければいいのに。でも深く銜えられて嚥下する動作で舌を動かされると、どうしようもなく気持ちがいい。ふわふわする。大して時間は経っていないのに、俺はもう限界だった。
「ナ……ルト、も……ぅ」
 もう出る、金髪の頭を叩くと、指を添えて促すように長いストロークで強く吸い立てられる。ああダメだ我慢が利かない。離せ、と髪を引っ張るのに力はまるで入らなくて、逃げるように踵がシーツを擦る。出るっつってんのに、ああもう知らねえ。気を使うのはやめにして、俺は押しとどめていたものをナルトの口に吐き出した。
 途端にナルトが咳き込む。射精の余韻を無視して慌てて体を起こす。
「バカ、オマエ、」
 口から滴るものをティッシュで拭ってやると、涙目のくせにナルトは笑って「良かった?」とか訊いてくる。良くない訳ねえだろこのバカ。良かったから交代してやる。突き飛ばして転がすと、俺はナルトのハーフパンツをトランクスごと引きずり下ろした。

「ン……」
 反り返ったものを、尖らせた舌先で裏から辿る。
 こんなにしてるくせに俺を優先って、どういうつもりだったんだ。簡単な刺激にびくびくと震えるそれを見て、もしかして舌だけでいけるんじゃないかと悪戯心が沸き上がる。俺は広げたナルトの腿を掌でさすりながら、舌全体で舐め上げた。俺の舌に押されたその幹の先端がナルトの腹に当たって、溢れる透明の雫がそこに伝い落ちる。
 我慢しすぎだ、ウスラトンカチ。
 だが、そんな様子に俺は気が乗ってくる。血管の浮くそれに唾液を絡めながら、腹を伝う雫を指先で広げるように塗り付ける。ナルトの腹筋が緊張する。
「……ふ、っあ」
 引き攣った声が頭上で上がる。
 ナルトはあんまり声を抑えたりしない。感じているのか、足りないのか、非常に分かり易くていい。身を捩って、今はたぶん焦れている。ただ舐めているだけだから。
「さ、サスケ、……っ」
 首を傾けて幹に吸い付く。ちゅ、と音を立てて離して、位置をずらしてまた吸い付く。唇の下で脈打っているのが、俺の気分を煽る。舌だけ、というのは可哀想か。思い直して、俺はナルトの先端を口に含んだ。
「ああッ!」
 絞り出すような声が聞こえた。ちゅく、と軽く吸い、舌を尖らせて先端の微かな窪みをくじる。変な味がする。使ったボディソープは同じものなのに、ナルトの体からは違う匂いがした。たぶん体臭と入り混じっているんだろう。先端の丸みに沿って舌を這わせる。
「……く、あ……っ」
 掌を沿わせたナルトの腿が痙攣する。舌だけは無理でも、口だけでいけるかも? そう思った時、焦れたナルトが手を伸ばしてきた。俺は咄嗟にその手を阻む。俺がしてやってるのに自分で扱くつもりかよ。だいたいこれだけ我慢してたならもういけるだろ。俺はナルトの手首をシーツに押さえつけながら、上から深く飲み込んだ。
「あ、あー……ッ」
 ナルトの声がひっくり返る。びくびく震えながら、俺の拘束を逃れた腿が俺の頭を挟んだ。おい、それじゃ動けねえ。仕方がないので俺はひたすら、僅かに動かせる舌で唾液を絡める。溢れた分が、口に入りきれない陰茎を伝って、ナルトの金色の下生えの中に消えていく。
 次第に腿から力が抜けて、俺は自由になった頭をゆっくり上下させた。
「あ、あ、サスケ……ェ」
 吸い立てたりしないでやわやわと扱く。たまらなく焦れているらしいナルトが腰を揺らし始めた。自分のタイミングでなく喉を突かれ、危うく歯を立てるところだ。もう限界だろう。強めに追い立ててやろうとした、その時だった。
「サ……スケ、サスケ……!!」
「っ!」
 口の中のものが激しく揺れて、ナルトが爆ぜたのだと遅れて気付いた。
 びっくりした。相当我慢していたんだろう、濃すぎる精液を弾丸みたいに喉の奥に打ち付けられて、俺は反射で半分くらいは飲んでしまった。口に出されるのは初めてじゃないが、飲んだのは初めてだ。
「……」
 舌の上に残るものをどうしていいのか分からない。苦いと言うか、とにかく不味い。口の中がナルトの匂いで充満して鼻に抜ける。けっこう酷い。ナルトは肩で息をして、潤んだ目でぼんやりと俺を見ていた。呼吸が落ち着き始めて、ようやく俺が固まっていることに気付く。するとさっきの俺みたいに慌ててティッシュを掴んで差し出してきた。
「ご、ゴメンってば! 出して出して!」
「……遅え」
「へ?」
 遅かった。
 不味いものを拒絶するかのように噴き出した唾液が口の中を満たして、何でか俺はまぜこぜになったそれを、飲み下してしまっていた。
「え? え? の、飲ん……」
 俺の微妙な顔を見たナルトは、ちょっと引き攣っている。飲みたくて飲んだ訳じゃないんだから、そんなに引くな!
 ……と思ったら、噴火するみたいに盛大に、ナルトの顔が真っ赤になった。首とか耳の辺りまで赤くなっている。部屋は薄暗いが、慣れた目なので間違いない。おいまさかそれ湯気じゃねえだろうな。
「えっと……、その、アリガト……」
「何がありがとうなんだ」
 口を開くとナルトの匂いが立ち昇って、俺は顔をしかめた。ナルトは明らかにそわそわしていて、視線を下へ向けると、今達したばかりのはずのものが上を向いていた。
「……起き上がりこぼしかよ」
「……サスケのせいですが何とでも言って下さい……」
 言葉ばかりは神妙に、ナルトはのそのそと俺に覆い被さった。

*     *     *


 喉が乾いた。
 目覚めると、ナルトの姿は既にない。キッチンに置きっぱなしにしたペリエ、だが口の中が気持ち悪くて、喉を潤すよりもまず歯を磨きたい。口でしてやるのは吝かではないが、口に出されるのは、こういう点でやはり慣れない。洗面所に入ると、ナルトが歯を磨いていた。
「おはよ」
「おう」
 ナルトが磨き終わるのを待てない。
 どうせもうすぐ終わるだろう。俺は狭いそこで腕を伸ばして、歯ブラシの入った自分のコップを掴んだ。その横でナルトが下を向き、口の中に溜まった歯磨き粉を吐き出す。

(……あ)

 唾液に溶けた歯磨き粉。
 覗く赤い舌先からとろりと糸を引く。ゆうべも確か、似たようなものを見た。背筋がざわざわする。
「……ナルト」
「んー?」
「分かった」
 何が? と顔を上げるナルトは、唇から顎に伝いかけたそれを、ぐいと手の甲で拭う。そんな仕草すら似て見える。
「エロいって言った意味」
「あ」
 ナルトの手の甲に残る白いものを指先で掬う。途端に可笑しくなって、我慢できずに俺は笑いだした。苦々しげに顔を赤くするナルトは、俺を肘で小突くと、勢いよく捻った蛇口の水で俺の指と自分の手の甲を洗い流した。