SHI・NO・BI!

「兄さん……今なんて……?」
 よく分からないことを耳にした気がして、サスケは眉根を寄せてイタチを見上げた。イタチはいつもと変わらない仄かな笑顔のまま、もう一度口を開いた。
「俺の嫁入りが決まった、と言ったんだ」
 嫁入り?
 サスケは口を開けたまま、やはり分からないとばかりに己の兄を凝視するのだった。

  SHI・NO・BI!

 果たして、一体、嫁入りとはどういう意味なのか──。
 サスケはイタチを見つめたままかくりと首を傾げる。目の前にいるのはイタチに間違いはない。サスケの兄で、うちは一族の中でも天才と誉れ高い男、そう、男だ。男は普通、嫁は貰うものであって、嫁にゆくことはない。他家に入ると言うのであれば、それは婿入りだ。
 だが、聞き直した科白はやはり『嫁入り』で、イタチはそれをごく当たり前のように口にしたのだ。
「……兄さんは、本当は姉さんだったのか……?」
「何を言っている、愚かなる弟よ」
 兄は兄だ、とイタチは笑う。サスケはくらりと目眩を起こした。意味が分からない。男なのに嫁入り?
「どうした、チャクラ切れか?」
「……チャクラ漏れかも」
 よろめいたサスケを支えるでもない。弟が自分の科白で目眩を起こしているとは思いつかないのだろうか。サスケは諦めて、直接的に訊いた。
「兄さん。男が嫁に行くっていうのは何の冗談だ」
「冗談ではない。うちはの者は皆いずれ嫁にゆくものだ。もちろんサスケ、お前もだぞ」
「はあァ!?」

 聞き捨てならないことを、サスケは聞いた。

「なっな、何…、どうして俺も、つうか、何で男が嫁入り……!?」
「それは俺たち『うちは』が優秀だからだ」
「や、一族が優秀ってのは否定しないけど!」
 優秀なのと嫁入りは、男の場合は関係ない。だが、イタチは困ったように弟を見下ろした。
「お前は多少ファジーに出来ていると思っていたが……まさか言葉の綾が通じないとは」
「え、言葉のアヤ?」
 何かの比喩だったのかと、そこでようやく気付いたサスケだ。ああビックリした。だが、サスケが本格的にビックリするのは、このあとのことだった。
「サスケ」
 座りなさい、と促されて畳に座ると、すぐ目の前にイタチも座る。が、それは何故か正座だった。胡座のサスケも慌てて正座に座り直す。何なんだ。大事な話なのか。膝を付き合わせて、兄弟は真剣な面持ちで互いを見合う。
「お前もそろそろ、現実を知った方がいいだろう」
「現実?」
「俺がここを出たあとは、お前をフォロー出来る者もいなくなるということだからな」
「……」
 いかにも半人前の扱いに、サスケは少々むっとした。
「そうだな……まず何から説明したらいいか……」
 軽いため息に、しかしサスケは不安になってくる。ほんの少しの思案のあと、イタチは「ああ」と糸口を見つけたようだった。
「サスケ、腹が減ったらお前はどうする?」
「どうするって……電池を食う、だろ」
「そうだな。普通はそうだ」
 一体何の確認だ。
 普通は腹が減ったと思ったら、チャクラ電池を口に入れてチャクラを吸収する。電池は充電式のものもあるが、衛生面から言ってサスケは使い捨ての方が好みだ。
「だがな、サスケ。人間は電池は食わない」
「……は?」
 言われた意味を、理解できない。電池を食わずして、どうやってチャクラ補給をすると言うのか。
 いや、『人間は』とイタチは言った。
「え? 何で? 電池食わなくても生きてられる人間もいるのかよ……?」
「違う、サスケ。俺たちは人間ではない」
「……は?」
 イタチは、冗談を言っているようには、見えなかった。何度かまばたいて、サスケはイタチの次の言葉を待った。
「お前の中に、鍵のかかったファイルがあるだろう」
「あ、ああ……」
「第二レベルまでの解除コードを教えてやる。コピーしろ」
 言うなり、イタチの目が赤く変わる。サスケは慌てて同じく写輪眼を開き、表示されるコードを記憶した。
「開けたか?」
「……うん」
 開けるレベルのファイルを全て開いて、サスケは項垂れた。開いて二秒で文書を読み込み、サスケはイタチの言っていたことの全てを理解したのだ。
 己が人間ではなく人型パーソナルコンピュータであること、『うちは』が信頼ある有名メーカーであること。そして己が最後に作られた最上位機種であること。
「……何で俺を、人間として育てたんだ……?」
 人間に紛れて活動するためには、人間らしく行動する必要がある。それは分かるが、何故今までの機種から回収したデータを活用せず、一から『育てる』ことを選んだのか。
「個性が失われることを嫌ったんだろう。俺の代まで来るのにも相当試行錯誤したようだが、どうやらマダラの試みは成功のようだ」
「兄さん……?」
 うちはの始祖のマダラが、つまりは開発者なのだ。木ノ葉の里の外れに『うちは』集落を置き、人間と接する機会を増やしていたのだろう。
 嫁入りというのはオーナーが決まるということで、男でも女でもうちはでは伝統的にその言い方をしている。イタチは少なからずショックを受けている弟を見つめて笑った。
「サスケ。お前は俺のあとに作られた、『うちは』シリーズの最上位機だ。お前に足りないのは経験(データ)だけで、いずれは俺よりも強くなる」
「……そうかな」
 そんなふうに持ち上げられても、全然嬉しくない。だって、イタチは『嫁入り』してしまうのだ。
「サスケ。お前もきっと、いいオーナーと巡り会える」
「……嫌だ。考えたくねえ」
 膝の上の拳をぎゅっと握って、サスケは俯いた。何だか涙が溢れてくる。パソコンなのに泣くのはおかしい、と思うのに止められない。
「嫁入りは門出だ」
「……うん」
「俺たちの真価は嫁に行った先でこそ発揮される」
「……分かってる」
 兄が離れてしまうのが悲しい、と思うこともおかしいのだろうか。だがイタチの言うことは尤もなのだ。拳でぐりぐりと涙を拭って、サスケは顔を上げた。
「……おめでとう、兄さん」
「ありがとう」
 やっとの思いで言ったのに、イタチがそれはそれは嬉しそうに笑うものだから、またポロポロと水滴が頬を転がるのだ。微笑みを苦笑に変えて、イタチがそれをそっと拭った。


 そして──。
 程なくしてサスケは一人の少年と出会う。こいつには俺がいないとダメだ、と思うより先に、その少年の輝くチャクラにヨダレが出たことは、まあ、内緒なのだった。