十八歳未満お断り!

「木ノ葉青少年健全育成条例?」
「ああ。可決された」
 神妙な顔つきで、綱手は半眼の上忍をじっと見つめた。
 正確に言えば、その手元を、である。
 眉をハの字にしたはたけカカシ、もちろんその手には、彼の愛読書『イチャイチャパラダイス』が握られているのだ。

  十八歳未満お断り!

 イチャイチャパラダイス──略して『イチャパラ』は、全国的に有名な大人向けの小説だ。大人向け、まあつまりはR18のエロ本である。シリーズは長く続き、ロマンスとエロ、スリルとエロ、サスペンスとエロ、アクションとエロ…とまあ何かにつけてエロの絡む多彩な内容は、様々なファンを惹きつけて離さない。発禁スレスレでも辛うじて刊行され続けたのは、エロがメインとはいえストーリー性もあったからだと信じたい。
 それを書いたのが、今は亡きかつてのスリーマンセルの仲間だと思うと、非常に微妙な心情となる綱手だ。エロ小僧がそのまま大人になってしまったかのような奴だった。忍としての実力もさることながら、エロ小説の神として伝説になったことは、当人としても本望だろう。
「それが……どうかしたんですか」
 カカシは既に成人していて、エロ本を買うのに何も規制はない。綱手の厳しい表情をイマイチ計りかねて、カカシは小首を傾げた。
「ちょっと面倒くさくなる」
「はあ」
「18歳未満の者は、18禁レーティングの刊行物の閲覧も購入も不可だ。それは以前から変わらない。それが厳しくなる」
 自分がイチャパラシリーズを読めなくなる訳ではないカカシは、そんな条例は全くどうでも良さそうだ。
 だが、ことはそう簡単ではない。
「そして、青少年に悪影響を及ぼすと思われるものには18禁表示が義務づけられる。これは発行者の責任だがな、たぶん大してエロくないものまで18禁になっていくだろうな」
「あー……責任追及されたくないあまり、ってやつですか」
「業界は萎縮するだろうな」
「ということは……これからの刊行物にはあまりエロは期待できない、と……?」
「それはあるだろうな。だが、18禁というのはな、エロに限って規制している訳ではないぞ。不健全なもの全般だ」
「はあ……」
 性行為で言えば、全編通してヤってる話とか、児童ポルノだとか、強姦や近親相姦などがレーティングの対象だ。エロ以外での不健全とは、暴力や薬物使用、自殺や殺人などが挙げられる。感化されやすい青少年が影響を受けて実践しないよう食い止めるのが、そもそもの目的である。こういうものは分別が付いた大人なら見ても悪影響はないだろう、という基準だ。
 尤も、綱手に言わせれば子供でも分別の付く奴は付くし、大人でも影響を受ける奴は受けるものなのだが。
「という訳でな、発行と関わりのない我々が注意すべき点はふたつだ。ひとつは、18禁刊行物を購入の際には身分証が必要になるということ。これはな、容赦なく顔写真と生年月日の入った公的書類だぞ」
「……え、俺もってことですか?」
「そうだ」
「俺が確実に18歳以上だってことは、誰にでも認めて貰えると思いますが……」
「『確実に18歳以上のお前』に変化して買おうとする輩がいないとも限らない、という話だ……おいお前、今『めんどくさい』って思っただろう」
「すみません。ホントに面倒くさい話ですね……」
 綱手はげんなりしたカカシにため息を隠さない。そのため息は、もちろんカカシに向けたものではないのだが。
「しかし……そうすると、『はたけカカシ』の趣味は本屋にモロバレですね」
 現在刊行されているイチャパラシリーズは全巻揃えているカカシだが、読むエロ本はそればかりではない。今まで『はたけカカシ』の名を知ってはいても、顔までは知らなかったという本屋さんに「この人がはたけカカシか」「はたけカカシはナース物が趣味か」などと知られてしまうことになる。
「大人のプライバシーより子供の健全育成の方が重要ってことだろう。あちこちで買わずに本屋はひとつに絞った方が面倒は少ないぞ」
「まあ……そうですね」
「そして、ふたつ目だが」
 全く面白くない、綱手はフンと鼻で息を吐く。
「閲覧も禁止だからな。お前の持っているエロ本をガキ共に見せるのもダメなんだからな」
「見せませんよ……」
「見せたら罪に問われるぞ」
「……盗み見られてもですか?」
「発覚したらな。しかも罪に問われるのは子供ではなく大人の方だけだ。管理不行き届きってやつだな」
 カカシは情けない顔になった。
「何でこの場にお前だけなのか分かっているのか? ん? お前が堂々とガキ共の前でイチャパラ読んだりするからだぞ! これからはそういう煽るような行為も禁止だ!」
「そんな! じゃあ俺はいつイチャパラを読めばいいって言うんですか!」
「任務が終わってから読め!! そもそも任務中に読む上忍がいるかあァ!!!」
 スパァン、と丸めた書類で机を叩いて、綱手は深く深くため息をついた。こんな条例、綱手に言わせれば全くもってナンセンスなのだから。
「……とまあ、建て前の話はここまでだ」
「はあ……」
 この条例を可決した上層部だって、子供の時分には隠れてエロ本を読んでいたに決まっている、と綱手は思っている。だいたい、女子は16歳から結婚できるのだ。18歳になってからしか見られないようなことを、16歳で結婚した女子が実践しても良いのは矛盾である。
「……お前、精通があったのはいつ頃だ」
「は!?」
 カカシは目を剥いたが、律儀にも首を捻ってから「よく覚えていませんが」と答えた。
「ま……お前らの世代は、そういう歳にはそれどころじゃなかったか」
 第三次忍界大戦まっただ中の頃だ。カカシは既にその歳には上忍となっていて、ほとんどを戦場で過ごしていたはずだ。
「男子なんてもんは、精通迎えて数年が一番ヤりたい盛りだって言うぞ」
 言ったのは、まあイチャパラの作者・自来也である。どうやってかエロ本を入手してきては、人の胸と見比べたりしていたものだ。あっヤバいちょっとイラッとした。綱手は額に青筋を浮かべた。
「お前はその頃に発散できなかったから、そんないい歳してエロ本持ち歩いたりするんだろう。そっちのがよっぽど不健全だ」
「はあ。すみません」
「正しい性交渉のハウツーなんて、アカデミーで教えるのは限度がある。方法を事務的に教えても意味がない。性行為は愛情の延長線上にあるものだろう? ムードも大事だし相手を気持ちよくさせる手管も大事。かといって、そんなもん教え方を一歩間違えればガキ共の劣情を煽りかねん。寧ろ火に油だ。自来也なんかWXYというアルファベットを縦に並べただけでも鼻血を出していたからな」
「……」
 綱手はやや目を伏せた。
「……それに、ここは忍の里だ。斬った張ったは日常茶飯事、くノ一は任務で色目を使うことだってある。愛情を介さなくても性行為は可能だとも知る」
「くノ一のクラスでは、避妊の方法なんかも教えているんですよね?」
「ああ。愛情を伴った行為でも無計画に妊娠しては困るしな。避妊ばかりは男に任せておけん」
 とにかく、性行為に限って言えば、そのアカデミーでのアホらしい授業内容を補完するのがエロ本だったのだ。
 綱手だって、子供の頃に親の持っていたエロ本を見たことがある。ウブな頃にはわざわざ大人に変化して買ったこともある。アカデミーで習ったこととエロ本での様子とを比較し、混ぜ合わせ、性行為というものに興味を抱く。好きな相手とのそれに夢を抱く。同時に現実的な問題も心に残る。
 そうやって大人になった時、それらは役に立つのだ。
「……あのご老人たち、エロ本から18歳未満の子供を隔絶することで健全に育成できるって、本気で言ってるんですかね」
「やや本気だろうな。自分たちだって隠れて読んだクチだろうに」
「歳取ると忘れてしまうんですかねえ」
「そりゃあな、私だって、おおっぴらに『隠れて読め』とは言わないよ。実際、精通生理もまだのガキにはエロ本は早いと思う。だからこそ『18禁』なんてレーティングが昔からある訳だ」
 だがな、綱手はフフンと意味ありげに笑った。綱手が何を言い出すのか、カカシにも分かっている。
「幸か不幸か、ここは忍の里だ」
「忍は裏の裏を読め、ですか」
「事実、中忍試験でも言っているしな。バレないカンニングは忍術だろ?」
 カカシのマスクが笑みに歪む。
「どうしても見たい奴は頑張って腕を上げるだろうな」
「子供に罰則はない訳ですしね」
「そういうことだ」
 二人してフフフと笑いあう。子供というのは、禁止されればされるほどやりたくなるものと相場が決まっている。そういえばオビトも執念燃やしてたなあ、とカカシは懐かしく思う。自分はまだ大して興味のなかった頃だったけれど、あの戦争のさなかでも、興味のある奴はあったのだ。あの頃に写輪眼を開眼していたら良かっただろうにな。まあ『エロ本のために写輪眼を開眼した男』というのもあまり名誉ではない称号だが。
 条例が決まった以上、もちろんカカシも従うつもりだ。
(ま……あいつらは、そんなに興味なさそうだけど)
 中空を仰いで、七班の部下三人を思い浮かべる。初めて受け持った下忍、アカデミーを卒業したばかりの幼い顔。第四次忍界大戦の終わった今では、それなりに凛々しく成長もしている訳だが、三人ともまだ17歳だ。
(戦争終わって急に暇になるから、変な条例考えちゃうのかねえ)
 働き盛りの忍たちは、戦後の後始末と復興事業に忙しい。だが上層部と言われるご老人たちには、今は仕事らしい仕事もないのだ。
 手にしたイチャパラ文庫版を少し眺めて、尻のポケットにしまう。不朽の名作だと思うんだけどなあ。まあ、自分に一番近い彼ら三人が18歳になるまでのあと少し、気を付けていれば良い話だ。カカシは綱手に一礼すると、火影の執務室を出た。綱手の後ろにはもちろんシズネが控えていて、明け透けな二人の会話を強制的に聞かされていたたまれない顔をしていたのは、ちょっとしたオマケである。

*     *     *


「青少年健全育成条例ぃ?」
「そ。可決されたの」
「ふーん」
 ナルトの反応は薄かった。
 その日は、かつてのフォーマンセルにサイを加えた五人で、瓦礫の撤去という任務に当たっていた。詳細はと言うと、とりあえず広場に集められた瓦礫の選別作業だ。まずは危険物・燃えるゴミ・燃えないゴミに分ける。危険物は専門班へ引き渡し、燃えるゴミは火遁で焼却、燃えないゴミは指定された埋め立て地へ埋めるのだ。時折値打ち物などが出てくるので、作業は慎重にしなければならない。
 条例の手前、昔のように作業は子供たちに任せて自分はイチャパラ読書…というのが出来ずに、カカシも渋々手を動かしていた。それを不審に思ったサクラが尋ね、カカシは「お前たちを煽る行為は禁止されてるのよ」と答えたのだった。
 だが、ナルトは「ふーん」だしサクラは「何を今更」だしサスケは憐れんだように横目で見るだけだ。やっぱりそうだよね、とカカシは思う。今まで散々彼らの前で堂々読書してきたにも拘わらず、カカシの目を盗んで読もうとする子はいなかったのだ。ちなみにサイは既に18歳なので気にすることはない。
「ま、お前たちにはあんまり今までと違うことはないからね」
「大人たちには違うことがあるんですか?」
「買うのに年齢証明が必要とか、18歳未満の子に18禁の刊行物を売ったり見せたりした場合の罰則が厳しくなるとか、そんな感じ」
「へえ……」
 サクラはさして興味もなさそうに、しかしカカシに付き合って話を振ってくれる。
 カカシは知る由もないが、そこらの18禁本よりサクラの世代の女の子が読むティーンズラブ漫画などの方がよほどエロいのだ。
「なるほど……じゃあアンタを社会的に抹殺したくなったら、アンタからそのエロ本を奪えばいいんだな」
「ちょっとサスケ、目的ちがくない!?」
 サスケはサスケで、もはや趣旨が変わってしまっている。全くこの三人はエロに興味が薄すぎやしないだろうかと、却って心配になる始末だ。
 すると、黙ってしげしげとカカシの尻ポケットを見つめていたサイが口を開いた。
「面白いんですか? それ」
 おお、やっと年頃らしい興味を向けられた気がする。
「面白いよ? 読む? 貸そうか」
「ああ……これがいわゆる『彼女いない者同士のオカズの貸し借り』ってやつですか? 是非お借りしたいですね、仲間の証として」
「おっお前ね! 彼女がいてもイチャパラは別だよ!?」
 センセー最悪、とサクラの低い声が地を這った。女の子からすると、彼女がいるのにエロ本を読む男は最悪なのだろうか。
 その時だ、やる瀬ない声がカカシを突き通したのは。

「カカシ先生、恋愛とかセックスに夢見すぎだってばよ」

 だから未だに独身なんだってばよ、という科白は、確かにナルトの口から発せられていた。サイは「へえ~」と感心したが、それ以外の三人は、もちろん愕然とナルトを振り返っていた。
「イチャパラシリーズは確かにストーリー性重視だけどさ、あーゆーロマンスって現実的じゃねえよ。エロ仙人は、本の中でしか実現し得ない虚構……とか何とか言ってたけど」
「ちょ……ちょっと、ナルト」
「まあさ、小説は夢見させるのが目的なんだろうけど、ふと我に返ると寂しくなんねえ?」
「ま、待ちなさいって、ナルト」
 カカシは奇妙に大人びた発言をするナルトを制止した。
 何やら百戦錬磨な発言に惑わされるところだったが、その、聞いてはいけないことも含まれていた気がする。

「お前──読んだの?」
 イチャパラシリーズを。

 瓦礫に向けていた目を上げ、ナルトは意味が分からない、というように首を傾げた。
「読んだっていうか、読まされたっていうか……。だってさ、書きながら朗読すんだもん、こっちが起きてても寝ててもお構いなしだし」
 睡眠学習か!? カカシはちょっと青ざめた。
「挙げ句の果てには初稿読ませて『どこかおかしいところやストーリーに矛盾がないか確認しておいてくれのォ』だもの。キャラ設定とかのこともあるから、俺あの修行旅行中に一巻から全部読んだってば」
 自来也様は一体ナルトに何の修行をさせたんだ!!
「キミ、エロ小説家になる修行をしていたの?」
 サイがきょとんとして訊く。どんな経緯でナルトが自来也と修行の旅に出たのかを知らないのだ。
「イヤ違うってばよ。たまたま師匠がエロ仙人だっただけ」
「その『エロ仙人』というのは、エロい仙人という意味? それともエロの仙人?」
「うーん……女風呂を覗きたいがために仙人レベルになっちまったってことは『エロの仙人』と言えなくもねえけど……。弟子としてここは『エロい仙人』と言っておくってばよ」
 どっちもどっちじゃないの、カカシとサクラの心理ネームが一致する。
 ああオビトがエロ目的で写輪眼を開眼していたら、後にこういう言われ方をしたんだろうなあと思うと、ちょっと切ないカカシだ。
「ナルト、今の話、俺は聞かなかったことにするから。それと、18歳になるまでは18禁本とかDVDとか見ないでね?」
「え? あー、いいけど……」
「サスケ、お前もね! 俺を陥れるためとか理由をつけて、実はエロに興味あるかも知れないけど! あと半年我慢してね!」
「ふざけんな、ねえよ」
 全くどうでも良さそうなナルトはともかく、サスケには念を押す。するとその横で、サクラが愉快そうに口元を隠した。
「先生、私には注意しないんですか?」
「え、サクラもホントは興味ある?」
「別にイチャパラには興味ないですけどォ」
「ふーん……、て、イヤ面白いのよ!? ホントに! 18歳になったら是非読んでみて!」
「もー、やだぁ、先生ったら」
 噴き出したサクラは、心底面白がっている。これが七班結成当時だったら、心の中でどう思おうとも、サクラは潔癖な態度を取っただろうに。サクラもやっぱり、大人になってきているのだろう。
「私が興味あるのは、イチャパラとかじゃなくってェ」
 過ぎた年月を懐かしんでいると、不意にサクラが顔を寄せてくる。
「どっちかって言うとォ、」
 ほんのり染まる目元は、何だ、どういうことだ? 白くほっそりとした人差し指が、カカシのベストの腹の辺りに円を描く。

「……実地」

 何だって?
 意図的な艶っぽい声と仕草は、もちろん自分をからかっているのだと理解できる。けれど一瞬、ほんの一瞬、カカシは固まった。ちょっとサクラ大人をからかうのは止めなさいよ、こうゆうの俺が相手じゃなきゃ冗談じゃ済まされないってこともあるのよ、大人を舐めてるとそのうち痛い目を見るよ、てゆうかサクラお前も俺を社会的に抹殺したいとか言わないよね!?
 と、そんなことがざらっと流れたその一瞬に。
 あ、と思った時には、してやられていた。
 サクラの右手が背後にアンダースロー。その先にいたサスケの手に、ぱしっと乾いた音と共に収まったのは──。
「ナイスパス」
 ニタァ、と笑うサスケが見せびらかすように掲げたのは、もちろん、カカシの尻ポケットに入っていたはずのイチャパラだった。
「ワア~、カカシ先生がイチャパラ貸してくれた~」
 冗談のようだが、この科白を言ったのはサスケである。
「ちょ、サスケ、何その悪人顔ッ! やめて! 返して!」
 横ではサクラがあっさりと笑っている。その横ではサイがよく分からない笑顔で見守っている。ちょっとサクラ、やるじゃない。こんな手に引っかかったのは相手がサクラだからだ。12歳の少女の頃から知っているサクラだからだ。
「サクラに何を期待したんだ? とんだエロ教師だな」
「や、違うから! そうじゃないから!」
 一回しか使えない手だったわね、と笑うサクラの言う通り、二度目はない。本気にするはずがないと知っていて、一瞬呆気に取られる隙を作り出したその手にほとんど感動すらしているカカシだ。ああ成長しているなあ。こんな場面で実感したくなかったけれど。
 カカシ一人がじたばたして、何故かほのぼのと(※一人邪悪に)笑う輪が、ふと途切れた。
 ナルトだ。
 いとも簡単に、サスケの手からイチャパラを取り上げた。いや、サスケはカカシに取り返されることだけを警戒しているのだろう。むきになることもなく、ナルトを見返した。
「お前、ホントに読みたい訳じゃねえんだろ? 返してやれってば」
「……借りたからには読む」
 貸してないヨー、と一応声をかけるが、当然無視される。
「ンでも、取り立てて何が面白いって訳でもねえんだってばよ。エロがメインだし」
 聞き捨てならないことを聞いた気がする。ファンの多いイチャパラを全否定か。
「そのエロだって、読むんじゃなくて、実際にやる方がコーフンするしキモチイイってばよ。こうゆうのはやっぱ、する相手がいない人のモンじゃね?」
 え?
「……そうか」
 何だって? 聞き捨てならないことを、今。何かを納得したようなサスケはフムフムと頷いて、ポッと頬を染めた。
 あの、サスケが、頬を、染めたのだ──。
 ニコリと大人な笑みを浮かべたナルトの耳たぶを、微笑み返したサスケがきゅっと引っ張る。
「ゴメンな、先生。サスケがイジワルして」
「……」
 サスケのイジワルを何故かナルトが謝りながら、カカシの手にイチャパラを返してくれる。荒んだ微笑みのサクラは顔色が悪い。サイはもともと顔色は悪い。エロ本に興味などないナルトと、彼に諭されてイチャパラを返したサスケの二人だけが、奇妙にも生彩を放っている。ああ、そう、そうなの。二人はそうなの。戻ってきたイチャパラが色褪せて見えるのは気のせいか。カカシはサクラに目を移した。
「サクラ。先生、今日ここには来てなかったから」
 隣のサイが首を傾げる。へ? という声はナルトだろう。
「そうですね。先生は今日、ここへは来ませんでした」
「何を言っているんだい?」
「サイ、今日の任務は、始めから私たち四人しかいなかったの。エロ本の話なんかしてないし、先生はイチャパラを掠め取られてないし、温情で返して貰ってもいないのよ」
「ああ、なるほど……」
 つまり今の一連のやりとりをなかったことにしたいんですね、というサイの声は、聞こえないフリでカカシはその場から消えた。
 子供たちはいつの間にか大人になってゆく。いやまだ17歳の彼らだけれど。ぐんぐん成長する彼らに取り残されてゆく気分は、何かもうちょっと違うところで感じたかった。すごく現実的でナイーブなところで取り残されてしまった。何だか酷く傷心の気分だ。
(言い訳も、虚しいよね)
 未だに独り身でいるのに訳がないこともない。けれど端から見れば単なる独身、恋人なし。
(しかし……あいつら、そうだったんだ)
 ナルトはものすごい執念でサスケを追い続けていた。でもそれは、熱烈な友情だと信じていたのに。ん? そういえば男同士だな。そこはうっかりスルーしてしまった。サスケはそれでいいのか。いいんだろう。あの瞬間はやたらと甘い空気を漂わせていた。てゆうかサクラは知っていたみたいだった。サイはどうだろう? 知っていたとして、教えてくれなかったということだろうか。いやカカシにわざわざ教える義理もないのか。ヤマトはどうかな、知ってるかな。これでヤマトも知っていたら人間不信になりそうだ。ヤマトも知らないのなら、大人には秘密だったということか。ああ、18歳未満同士のアレやソレはどう取り締まるんだろう。木ノ葉青少年健全育成条例。しかもあいつら、どうやら実地を経験済みだ。
(ああ、うん、忘れよう……)
 ちょっと情けない顔で、カカシはため息をついた。
 今日、あの場にカカシはいなかったのだ。先生休んでゴメンね? でも優秀な子供たちだから、先生いなくてもちゃんと任務遂行できるよね。頑張ってね。

 自宅に帰り、イチャパラを本棚に戻すと、もちろんカカシはふて寝した。