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ささやかな束縛

  ささやかな束縛

 ナルトの誕生日なら知っていた。
 何かプレゼントを、と考えなかった訳でもない。ただ、最近やたらと人気のアイツはたくさんの誕生日プレゼントを貰うだろうという予測も簡単だ。あまたの贈り物と被らないものなんて想像もつかない。オーソドックスな花束も、クナイや手裏剣といった実用品も、チョコレートで名前の書かれたバースデーケーキも、そろそろ買い替えどきの忍具用ポーチも、きっと誰かが用意している。ラーメン好きの知れ渡るアイツにはピッタリの、一楽の回数券なんかも、きっと誰かが用意している。マグカップや何かの可愛らしい日用品だって、アイツがそそっかしくて頻繁に割ってしまうことを良く知る誰かが、きっと、用意している。
 かといって、「誕生日プレゼントはオレ!」などという、タイバニの誰かがナチュラルに言うような恥ずかしい科白は絶対に言いたくない。それに、別に誕生日ではなくても貰われている現状を考えれば余計に、である。
 うちはサスケは悩んでいた。
 曲がりなりにも恋人であるうずまきナルト、その人の誕生日に何もプレゼントをあげないなどとは、沽券に関わる。
 だが、である。
 前述のような理由によって、いったい何をあげれば良いのか、ほとほと困り果てていた。
(とりあえず……花ぐらいは買っておくか)
 ささやかな花束に「おめでとう」のキッスを添えてやるだけで、アイツが文句もなく喜ぶことは分かっている。そもそもそれほど物欲がある人間ではないのだ。おめでとうという言葉だけでも、本当は構わない奴だ。
 けれど、である。
 恋人という関係になって初めての誕生日なのだ。プレゼントを渡して「おめでとう」と言って、いつもより多少甘やかした夜を過ごしたいと思うのは、いかなサスケであろうとも正常な人情ではないだろうか。
「はあ……」
 力なくため息をつき、自分の誕生日を振り返る。
 ナルトはわざわざ休暇を取って、その日任務だったサスケのアパートで待っていてくれた。部屋を掃除し、食事を作って、留守中に預かったサスケ宛のプレゼントを山積みにし、その一番上に自分からの小さな箱を置いて待っていた。二人が恋人という関係に落ち着いたことは、同期のほとんどに知れ渡っていたから、パーティーをしようだとか飲み会をやろうだとかいう誘いは発生しなかったのだ。
 ナルトからのプレゼントは指輪だった。
 甘やかな意味よりは、実用品だ。口寄せの符を刻むことが出来るよう、幅広のデザインとなっていた。サスケが自分の身に直接刻んだ口寄せの符を、ナルトはあまり快く思っていないのだ。
 指輪は恥ずかしくて、指に嵌めることが出来ずに、チェーンに通して今は首にかかっている。服の下に隠すように、けれどナルトに服を脱がされる度に、微かに満足そうな笑みを浮かべるのだからそれで良いのだろう。
「……」
 対し、今日。
 ナルトの誕生日に、自分は任務だった。
 もちろん負けじと事前に休暇申請を出していたのだが、急にサスケの写輪眼を必要とする依頼が来てしまったのだ。ナルトは悔しがってみせたけれど、すぐに「しょうがねえよな」と送り出してくれた。十月に入ってから出発した任務は、何とか予定通り十日までに終わらせることが出来た。予定が変わっていなければナルトは今日は休みで、本当は二人で過ごしていたはずだったけれど仕方がない。門をくぐって、サスケはぼんやりと思案していた。
 とりあえず、という気持ちの趣くまま、山中花店を目指す。
「あら、サスケ君! 久しぶりー!」
 店番に立っていたのはいのだった。よう、と手を上げて応える。
「どうしたの……って、アレか! ナルトの誕生日の花束! 当たり?」
「ああ」
「その様子だとアレね、任務帰り直でここに来たってとこでしょ」
「まあな……」
「ンもう、愛されてるわね、ナルトの奴!」
「……」
 いたたまれない。
 ナルトを好きだと思う気持ちを隠す気はないが、積極的に公開したい訳でもないのである。
「どうする? 花束? アイツなら鉢植えでもいいと思うけど」
「……ああ」
 カウンターから出てきたいのは、エプロンの下は中忍ベストのままだ。彼女もまた、任務から帰ってそのまま店番に入ったのだろう。サスケが知らない色とりどりの花の間を分け入ってゆく。
 いのの言う通り、ナルトはあれでいて植物には詳しい。彼のアパートの部屋はプランターだらけで、忙しい合間に実に楽しそうに水をやっている。たしかに、切り花を束ねたものより、鉢植えの方が長く楽しんで貰えそうだ。
 いのについて歩く途中、カウンター横の大きなラックに目が止まった。
(種……?)
 カラフルにパッケージされた小さな袋が、ラック一面に所狭しと並べられている。
「ああ、種もいいかもね。育てる楽しみってやつ?」
「……そうだな」
 けれど、ナルトが育てている花の名前も定かでないサスケには、どれを選んだらいいのか分からない。パッケージには花の写真が印刷されているけれど、記憶はあやふやだ。
 ふと、花の種を通り過ぎた視線が別のものを捉える。
(……トマト?)
 トマトの他にも、野菜やら果物やら、様々な種。視線の移動に気付いたいのが小さく笑った。
「家庭菜園も結構いいのよ。一人暮らしだと長期任務の時に水やりが困っちゃうけどさ、ナルトがいない時はサスケ君があげられるしね」
「……」
 いのの口調にからかうような響きはない。けれど、どうしても公にそういうことを言われるのに慣れないサスケである。
「庭のないアパートじゃプランターしかないけど……結構育つわよ?」
「……そうか」
 誘われるまま、サスケはプチトマトの種を手に取った。
 一刻も早く山中花店を立ち去りたかった。

*     *     *


 いたたまれなさに、そそくさと出てきてしまった。足に急かされるまま、周囲の視線も相まって途中からはほぼ全速力である。種の他のプレゼントのことなど、考える余裕はサスケから失われてしまった。いざナルトのアパートに辿り着いてから、サスケは途方に暮れた。
(ありえねえだろ……)
 トマトの種だけって。
 手に収まる小さな小さな、そして安価なプレゼント。種の他に花束も作って貰おうと思っていたのに、それどころではなくなってしまった。自分の誕生日に貰ったもの、して貰ったことと比較して、いきなり気持ちは落ち込んだ。
 今日は、やめよう。
 サスケが任務に出ていたことはナルトだって知っている。急な任務で、一週間以上もかかって、誕生日のプレゼントを準備する余裕もなく出発したことも。
 今日はやめよう。一言「悪ィ」と言って、とりあえずは「おめでとう」の言葉だけをプレゼントして、日を改めて何か選びに行けばいい。ナルトも一緒に選んだっていい。サスケはポケットに、小さいなりに可愛らしくラッピングされた種を押し込んだ。
「サスケ! お帰りってばよ!」
「……ただいま」
 アパートには、当然のようにナルトがいた。どうやら急な任務などはなかったようだ。促されて部屋に上がると、ナルトが準備していた夕食が湯気を立てていた。自分の誕生日に自分で料理か。そんなことをさせた自分に余計に気が滅入る。もちろん、任務はサスケが望んだことではないし、それを断るような真似はナルトだって喜ばない。だが、分かっていても、滅入るものは滅入る。情けないし、何かが悔しい。居間のテーブルに積まれたプレゼントの山を見て唇を噛む。
「サスケ、今日中に帰ってこようと思って、頑張っちゃった?」
「……ああ」
「わ、なに、素直……」
 悔しくて、サスケはナルトに抱きつくと、何かを言いかける唇を塞いだ。必死で押し付けていると、ナルトが戸惑った時間は短かった。すぐにその腕が背中に回り、優しく力強くサスケを抱き締める。押し付けた唇を深く食むように、顔の角度を変えてくる。応えて口を開けば、待ちかねた舌がぬるりと侵入した。息苦しさに鼻から息が抜ける。
 ああ、ナルトにこんなふうにされる権利は俺しか持っていない。
 唇で「おめでとう」と言える権利は俺しか持っていない。
「……誕生日、」
「うん」
「おめでとう……」
「うん、ありがと」
 ほどけた口付けに、少し上がった呼吸のまま囁く。頬を上気させたナルトは甘ったるくて、そしてほんの少し幼い表情で、それはそれは嬉しそうに笑う。
「もう、サイコー……!」
 もう一度くらいキスしてやろうかと思ったら、ぎゅうぎゅうと抱き締められて頬に顔をすり寄せられて、仕方がないので抱き返して頭を撫でた。

*     *     *


「ん……?」
 何だこれ。
 サスケの服をハンガーに吊るすために拾い上げた時、ポケットからはみ出したものに目が止まった。悪いと思いつつも引っ張り出すと、「HAPPY BIRTHDAY」というシールで封緘された包みが出てきた。
 ゆうべ、サスケはたぶん任務から帰ってきてそのままここへ来たのだろう。くたびれた格好のまま抱きつかれてキスされて「おめでとう」と言われて、最高の気分だった。十月十日にナルトに「おめでとう」と言うために、きりきりと任務を巻いて帰ってきてくれたサスケ。今日一日、いろんな人たちに「おめでとう」と言われたりプレゼントを貰ったりしたけれど、正直恋人の抱擁というプレゼントは別格だ。
 そのあとは夕食を食べて風呂に入って、何だかんだでベッドになだれ込んだ訳である。
(誕生日プレゼント、用意してくれてたんだ……)
 ゆうべはちょっと調子に乗って、やりすぎた。十月初日にいきなり飛び込んできた任務に慌てて出発したサスケだから、プレゼントなんて用意しているヒマはなかったんじゃないかな、と思って聞きもしなかったのだ。プレゼントがないゆえの、珍しいサスケからの抱擁だったのかと思っていた。山中花店のロゴの入ったラッピングを解くと、中にはミニトマトの種。
(うわ、カワイイってばよ……!)
 ミニトマトも可愛いが、いのの店で花束なんかではなく種を選んできたサスケが可愛すぎる。
(育てて食わせろってか)
 トマトが彼の好物であることは知っている。ナルトに育てさせて自分が食べるつもりなのだろう。トマトなんて普通に八百屋やスーパーで売っていて、そんなに高価なものではない。恋人が育てたトマトを食べたいだなんて、可愛いと言う他ないではないか。
 パッケージを裏返すと、簡単に育て方が書いてある。
(ん……)
 種を撒く時期は三月から四月ぐらい、とある。
 今すぐ育て始められるものではないようだ。
(……これってさ)
 ナルトはきゅう、と胸が締め付けられたようだった。同時に暖かい気持ちが湧き出て、どうしようもなくなってひとしきりウロウロしたあと、眠るサスケを布団ごと抱き締める。んん、とむずがるサスケは、それでもまだ夢の中だ。
(サスケ)
 十月十日、誕生日。
 種をまくのは半年も先の話だ。半年後も付き合っていて、収穫の時期にもまだ付き合っていて。それはサスケの希望なのか、それとも確定した未来を前提としているのか。どちらにしてもナルトにとっては、胸がいっぱいになるものだ。
(サスケ、一緒に生きような)
 この喜びをどうしたらいいのだろう! とりあえず、サスケが起きてくるまでに、朝食を準備してやろう。不器用で可愛い恋人のために。
 トマトの種はささやかな束縛だ。
 起き出したサスケが、勝手に開けられた誕生日プレゼントを見つけて口をへの字にするまで、あと一時間のことだった。