うちはポメラも優秀です

  うちはポメラも優秀です



 サスケは『うちは印』の優秀なパソコンだ。
 最後に作られた最上位機種であり、本来であれば自分の性能を余すことなく発揮できるオーナーの元へ嫁ぐべき、至高のヒューマノイドPCである。だが大蛇丸の謀略で、求婚してきたのは大蛇丸ただ一人で、サスケには選ぶ余地もなかった。そこへ駆け込みでナルトが名乗りを上げてくれて、こっそり「ナルトに嫁入りしたいな」なんて思っていたサスケは、その求婚に文字通り飛びついた。そこらへんの経緯は『うちは印は優秀です』をご参照頂きたい。
 サスケはほとんど恋に落ちたかのような感覚だったので、ナルトの元へ嫁いできたことに関しては、もちろん大変な喜びだ。
 けれど、実際ナルトは十一歳の子供だった。
 子供の仕事は勉強である。ナルトは忍になるために、アカデミーで学んでいるのだ。そう、それはつまり──。

 サスケに仕事がない、ということでもあった。

 いや、仕事はあるのだ。ナルトの身の回りの世話はもちろん、下忍として木ノ葉の里に登録してもいる。ナルトがアカデミーに行っている時間内でのパートタイム忍者だ。ナルトを送り出して、台所を片付けてから出勤、どんな任務も半日で終わらせてすっ飛んで帰る。そしてナルトが帰ってくるまでに部屋の掃除をし、風呂の支度をし、夕食の準備をする。
 どんな任務でも……とは言え、下忍の仕事はほとんどがDランク・時々Cランク、優秀なサスケにかかれば半日もあれば充分なものばかりだ。家政夫ばりのナルトの世話だって、愛しいオーナーのためなので苦にはならない。
 ただ、それらは、ヒューマノイドPCから言わせれば『仕事』ではない。彼らの仕事はオーナーの手足となること、オーナーの仕事のサポートをすることだ。
 それは、ナルトが子供であるということによって、サスケにはお預けとなっている。ナルトが立派に木ノ葉の忍となってからが、サスケの本領発揮なのだ。ナルトは火影になると宣言した。サスケの『仕事』は、ナルトを火影に押し上げるサポートをすること、そして火影となったナルトの手足となることだった。
 まあ、それまでは家政夫で良いのである。パートタイム忍者というのも前代未聞だが、単独で忍の登録をしたヒューマノイドPCも実はサスケが初だったりする。
 そんな訳で、サスケは意外に忙しい毎日を送っている。
「え、何これ」
「デジタルメモだ」
 ナルトの勉強も見ているサスケが、目下困っていること。
 それが、ナルトの記憶力だった。
 とにかく覚えが悪い。机に向かう勉強も、忍になるための忍術や体術も、しつこく反復していればいずれは身に付くだろう。その辺は、根気強く教える覚悟のあるサスケだ。だが、アカデミーからのお知らせや、翌日の「絶対持ってくるように」と言われた持ち物などは、九割の確率でナルトの頭から抜け落ちる。
「でじたるめも……」
「そう。名前はポメラ。ポケット・メモ・ライター、略してポメラ」
 サスケはナルトのために、製造元の『うちは』から、このポメラを送って貰った。ポケットサイズで、手で書く必要もなく、パソコンに直結でテキストデータをやりとり出来る。書くということに気を取られて内容を忘れてしまったり、その肝心のメモをなくしたりするナルトにはピッタリのツールだ。
 ナルトはテーブルの上を凝視した。
「……ちっちゃいサスケだってばよ……」
「俺じゃねえ、ポメラだ」
 チャクラ電池をセットしながら、サスケは小さく笑った。
 ちっちゃいサスケ、というのはあながち的外れでもない。うちはのスタッフの遊び心だろう、このポメラはサスケモデルで作られていた。全長十五センチ足らずのお人形のような姿、ご丁寧に洋服まで出荷時のサスケに合わせてある。
 電源を入れると、ポメラは小さな顔の大きな目をぱちぱちと瞬かせ、ぴょこんと立ち上がった。
「わ、動いた!」
 ポメラはぽかんとナルトを見上げ、そしてサスケを見る。おもちゃのような手をサスケに伸ばす。サスケが人差し指を突き出すと、その指先をきゅっと握った。
「な、何してんの…?」
「使用者登録とフォーマット処理……」
「分かるように言えってば!」
「ああ、使えるようにしているんだ」
 ポメラは、括りで言えば文具である。サスケの周辺機器とは違うので、使用者登録さえ済んでしまえば、あとはナルトのポケットにでも入れておけばいい。指先を離したポメラに、サスケは言った。
「ポメラ、今日からお前はナルトのものだ」
 目をぱちくりさせて、ポメラはしっかりと頷く。テーブルの上をぴこぴことナルトに歩み寄ると、じっと見つめて、それからペコリと頭を下げた。
「お買い上げありがとうございます!」
「ワア! 喋ったァ!」
「……」
 ほんの少し飛び上がり、ナルトは恐る恐る顔を近付けてポメラを観察する。イメージとしては五歳児ぐらいのサスケの姿、しかもミニチュア。
「こ……これ、どうすんの……」
 ポメラを見つめながらの問いかけは、サスケに対するものだ。
「ポケットにでも入れておけ。授業内容や先生からの伝達事項なんかをメモしてくれるから」
「ふーん……」
 ちょい、とポメラの全開の額をつつくと、アワワと二歩後ろへよろめいて尻餅をついた。小さな両手で額を押さえて、うう、と呻き声を上げる。
「おい、あんまり乱暴に扱うなよ。俺ほどには丈夫に出来てねえからな」
「え、今のも『乱暴』のウチに入んの?」
「それぐらいは平気だけど、放り投げたり踏んづけたりしねえように……」
 その時だ。

「おい、テメエ!!!」

 小さいが、存分に怒気を含んだ可愛らしい声が上がった。テーブルの上には、ポメラが腰に手を当て仁王立ち。もちろん全然恐くはない。
「ユーザーだと思って調子こいてんじゃねー!!!」
「こら、ポメラ。ご主人様に向かって『テメエ』はよせ」
「フン! 初対面のご挨拶も出来ねーような奴、おれはゴメンだね!」
「……」
 小さな腕を、よくも差し組めるものだ。ぷいっと膨れっ面を横へ向け、ぷりぷりと怒りを表現している。ああまるでガキだな、と少々困ったサスケだ。正直子供はナルト一人で充分なのだ。外見に合わせて性格設定しなくても良いものを。
 そして当然、ナルトは正真正銘のお子様である。
「なんだこのチビ! 生意気だってばよ!」
「何だと!? おれは品行方正に作られてんだ、生意気に見えんなら、それはテメエのせいなんだぜ!」
「なァにィイ!!?」
 子供とデジタルメモが同レベルで口喧嘩。
 普通、ポメラはユーザーの言葉のメモを取る。ずっと仕えていれば、ポメラはユーザーに似てくるものだ。けれど、初対面からナルトと同レベルでの口喧嘩なんて、相性が良いのか悪いのか。
「サスケェ! 俺こんな奴イラネーってばよ!」
「おれだってこんな奴がユーザーだなんてイヤだ!」
 思わずサスケはため息をついた。
「じゃあ、コイツは返品して、別のポメラを送って貰うか?」
「え、そんなこと出来んの?」
「しょうがねえだろ。ユーザーのお前が気に入らねえってんなら……」
「ふーん。じゃ、そうしてくれってば……よ……?」
 わざと突き放したような言い方をしてみせれば、案の定ポメラは小さいが大きなお目々を愕然と見開いていた。うっかり潤んでしまっている。それを見たナルトはぎょっとしたようにポメラを覗き込んだ。
「……泣いてんの? お前」
「なっ、泣いてねー!」
 泣く寸前のポメラがムキになって怒鳴る。
「ちょっと不名誉なだけだよな、ポメラ」
「……ッ」
「不名誉?」
「ああ。初対面でご主人様に挨拶を返して貰えなかったばかりか、喧嘩を売って返品だからな。うちは印の製品にあるまじき不名誉だ」
 淡々と、しかしもちろんナルトの非もさりげなく指摘する。ナルトは初対面のサスケには、しばらく話をしたあと、ちゃんと自己紹介をしてくれた。ポメラは明らかに人間ではない機器だけれど、たぶん、もう少し話を続けていたらきっとナルトは挨拶をしたとサスケは思う。でもポメラは、それを待てなかったのだ。これがメモ機能しかないポメラと、ヒューマノイドPCのサスケとの差だろうか。
 サスケの冷淡な物言いに、ポメラはぐっと歯を食いしばって俯いた。小さな握り拳がプルプルと震えている。
「……コイツ、返品したら、どうなんの?」
「他に買い手が付けばいいけどな、たぶん無理だろうな。何しろ初対面のご主人様に楯突くような奴だ。廃棄処分かも知れないな」
 えっ、という顔がふたつ、サスケを見る。
「廃棄って、壊しちまうってことか……?」
「ああ」
 チラリとポメラを窺う。顔面蒼白な癖に、テーブルにぽすんと胡座をかいて、尊大に腕組みをした。
「フン! おれだって誇り高き『うちは印』だ! 煮るなり焼くなり好きにしろ!!」
 デジタルメモにしては、ずいぶん個性が強いようだ。ごめんなさいと言わせるつもりが、逆効果になってしまった。
 さてどうしようか、と思った時。
 ナルトの手がポメラに伸びた。がしっと握って、目の前に掲げる。
「俺はうずまきナルト! いずれ火影になる男だ!」
 言うや否や、きょとんとするポメラをぼすっと上着のポケットに突っ込んだ。そして、やや優しくポンポンとポケットを叩く。
「……よろしくってばよ」
「……」
 ポケットの中身は暴れない。
「いいのか? ナルト。気に入らねえんだろ」
「気に入らねえってだけで、壊されんの分かってて捨てらんねえってばよ」
「ふうん……」
 何だ、結果オーライだったらしい。
 ナルトのポケットの中をそっと覗くと、ポメラがその裏地で、とうとう溢れたらしい涙を拭っていた。

*     *     *


『サクラちゃんカワイーってばよ。可愛くって、アカデミーで一番頭が良くって、スゲーってばよ!』
「……」
『サクラちゃん俺とデートしてくんねーかなー!』
 アカデミーから帰ってきたナルトに、サスケは早速ポメラの成果を見せて貰うのだが──。
 連絡事項や授業の様子などは、もちろん記録されている。けれど、それと同じくらい、ナルトの独り言も入っていた。
「何なんだ、これは……」
「アイツ、サクラちゃんって子が好きなんだ」
「ああ、まあ……それは知ってる」
 けれどため息が出るのは何故だろう。もちろん、ほんの少しのジェラシーは否定しない。だが、そのため息の大部分は、授業中にどこ見てんだよという遣る瀬なさから出来ている。
(火影への道は遠いな……)
 まあ、子供らしくていいのかも知れない。勉強ならサスケが家庭教師すれば済む話だ。見上げるポメラに、サスケは微笑みかけた。
「これからも頼むな」
「ああ、任せておけ!」
 立派に初任務をこなしてきたポメラは、誇らしげに胸を張った。