恋のいばら道:後編


 アズラエルは怒っていた。
 憤懣やる方ないとはこの事だ。しかし、泣きたくなる位に情けなくもあった。クロト・ブエル───よりにもよって、あんな子供に煮え湯を飲まされるとは!
 これが、鍛えているオルガとか呪いのスキルを持っていそうなシャニとかだったら言い訳も立つ。だが、クロトは本当にただの子供だった。逆を言えば、こんな事からは一番遠い筈の存在だった。一体どこをどうしたのか、クロトはアズラエルの個室の暗証コードを知っていた。暗証コードは1週間ごとの変更が義務付けられているが、アズラエルが変更した試しはなかった。もし何者かが侵入しても、重要書類はどこにも接続しない方のパソコンの中で、そのパソコンのセキュリティには自信があったのだ。
 まさか───。
 まさか自分の貞操にセキュリティが必要だったとは。
 いや、アズラエル自身に用のある侵入者も存在するという事が分かっただけありがたいと思わなくてはいけないだろうか。これがクロトではなく暗殺者だったら、今こうして歯ぎしりする事もなかった訳なのだから。
(…ありがたくなんかないッ)
 ギリギリギリ、とものすごい怨念の篭った歯ぎしりに、空母の艦長が不安げに振り向くのももう五回目だ。
(何で僕がやられなきゃならないんだよ!)
 しかも彼らの初陣は散々だった。
 予期しない二機の高性能なモビルスーツの存在、それを差し引いたとしても酷い。連携を考えて作られた三機なのに、聞こえてくるのは我がまま放題の口喧嘩の声ばかり。挙げ句の果てに、機体損傷と燃料切れで帰ってきてしまった。酒でも飲まなきゃやってられない。
「あの…理事」
 ブリッジを出ようとして、何故だか珍妙な顔をした艦長に呼び止められる。不機嫌な感情を出来るだけ押し隠して振り向くけれど、艦長は少しためらって「失礼、何でもありません」などと言うのだ。
 用もないのに呼び止めるなよと一瞥するけれど、ふと気付くとブリッジの要員の殆どが、やはり何か言いたげな視線でアズラエルの様子を窺っている。
(…何なんだ?)
 さすがに居心地の悪さを感じるが、それ以上にアズラエルは苛々していたので、つんと無視してブリッジを後にした。
「あいつらにはしばらく薬をやるなよ。お仕置きだ」
 すぐそばに控えている研究員に、口調も荒く言い付ける。
「はあ、あの…全員、ですか?」
 何だって?
 その科白に思わず振り返ると、そこにはやはり、珍妙な面持ちの研究員がお伺いを立てていた。
「…? 全員に決まってるよ」
「ああ…はい。分かりました…」
 そんな事を聞かれるのは初めてだ。
 何かおかしいと思いつつ、アズラエルは立ち去る研究員の後ろ姿を見送った。
 この時点で───。
 既にこの空母内が『クロトとアズラエルは恋人同士』という噂で持ち切りだった事など、アズラエルは知る由もない。普通噂などというものは艦長クラスの任官の耳に届く事はないものなのに、上は艦長から下は清掃係まで、間違いなく広まっていた。
 当然噂というか事実を嬉々としてバラ撒いたのはクロトである。
 だが、いくらバラ撒いたといっても、クロトにしては控え目だった筈だ。何故なら昨日の今日、いやゆうべの今朝という短時間で、クロトは出会った数人に満面の笑みで触れ回ったに過ぎない。
 だが、その内容は余りにも意表を突いていた為、数時間の内に爆発的に広まった。何しろ、あのアズラエルとこのクロトなのだ。およそ自分以外の人間に興味などありそうもないアズラエル。一方、正規ルートから外れてはいるが一応軍人である、しかしどう見ても子供のクロト。艦内の殆ど全員がありえないと思い、しかし国防産業連盟理事という肩書きを持つ男に面と向かって尋ねる勇者は現れず、結果として遠巻きに様子を窺うにとどまっていた訳である。
 そんな訳で、アズラエルは何か違和感を感じつつも、それが何なのか把握する事なく自室に戻ったのだった。

 

 シャワーを浴び、理事会への報告用に書類を作りながら、アズラエルはミニバーの中の小さな酒瓶を片っ端から空けていた。強い方ではなかったが、誰にだって酔っ払いたくなる時はある。
 後は三機のガンダムの初戦データを添付すれば終わり、という所まで片付けて、最後の酒瓶をあおった。不味い酒だ、しかし酔う為に飲んでいるのだから良い酒でなくてもいい。こんな事は、常なら決して思わないのに。
(…遅い…)
 戦闘データはまだ転送されてきていない。今日の書類は今日の内に、というのがアズラエルのモットーだ。情報は常に変質するものだからだ。
 苛々と、アルコールで熱の篭った溜め息を吐いた時、来訪者が現れた。ピーッという小さな電子音の後「戦闘データを持ってきました」という声がする。何故直接送って来ないのか不審に思いつつ、アズラエルはデスク横のコントロールでドアのロックを解除した。
「───ッ!」
 アズラエルは、己の警戒心の薄さを悔やんだ。
 そこにはクロトが立っていた。思わずバスローブをしっかりと合わせる。
「あの、これ…」
 遠慮がちに入ってきて三枚のディスクを差し出すクロトは、どうやら『お仕置き』からは立ち直っているようだった。
(…「お持ちしました」、だよなぁ…)
 そう、いくら声で気付けなかったとはいえ、普通この場合大人は「持ってきました」とは言わない。飲酒しているせいで鈍っているのだろうか。アズラエルは緩く首を振った。
「…直接私のパソコンに送るよう言ってあったんですけど?」
「あ…えと、データ量多くなったからって…」
 そんなものは圧縮してくれればいい。
 大方クロトがアズラエルを訪ねる理由にしただけだろうと当たりをつける。アズラエルは少々不機嫌になりながらも笑顔を作った。
 笑顔だ。
 何故ならアズラエルは、クロトの恋人だからだ。
「そうですか。わざわざ済みませんね、クロト」
 そう声をかけてやれば、あからさまなまでにクロトの顔が明るくなる。
 恋人になる、という盛大にバカらしい茶番に付き合う事にしたのには勿論訳があった。
「お酒飲んでるの?」
「いーえ。もう飲んでません」
 ディスクを受け取って、早速書類を仕上げてしまう。機密書類だから本来は人が見ている前では開いたりしないものだが、クロト自身が機密みたいなものなので気にしない。専用回線を開いて送信して、やっとアズラエルは今日の仕事を終えた。
 ちょこまかと動くクロトに目を遣ると、アズラエルの散らかした酒瓶やらつまみやらを片付けていた。
 本当は、クロトの顔など見たくもない。今日の作戦があれ程成果の上がらないものだと分かっていたら、ゆうべのあの時ブチ殺しておけば良かったと思う位に、アズラエルの腹の中は煮えくり返っていたのだ。
 昨夜、切れかかる神経で道徳を説いたがダメだった。とうとう切れて、怒って怒鳴って放り出したがダメだった。冷たく突き放した言い方をしてもダメだった。何をどうしてもクロトは引き下がらず、挙げ句の果てが───『恋人になって』だった。
 言われた瞬間、本当に殺してしまおうかと思ったものだ。
 だがアズラエルは自分をなだめすかした。
 生体CPUの代わりはある。確かにある。だが、ここにはない。本国に置いてきてしまった。元々機密扱いのガンダムで、極力関係者を排除しようとした結果だった。予備を取り寄せるのには大した時間はかからないだろう。しかし問題はパイロットとしてのCPUの調整と、対になる機体の調整だ。これには相当時間がかかる。クロト達三人の選出も、一番何とかなりそうだったからなのだ。
 それであの結果なのだから、予備の生体CPUが来たところであれ以上の成果は見込めないという事でもある。
『僕の恋人になって』
 聞かなかった事にして、もう一度放り出す事をまず考えた。
 だが同じだろう、どうやってかこの個室の暗証コードを知ったクロトは何度でも入ってきて「恋人になって」を繰り返すのだ。いくらアズラエルでも、放り出した一瞬で変更出来る程、暗証コードは単純なものではない。
 そこで、逆を考えた。
 恋人になってしまえば、操縦次第では面倒がなくなるかも知れない、と。
 事実、望み通りの返答を得たクロトは(キスはねだられたが)おとなしく引き下がった。
(キスぐらい、どうって事ないけどさ…)
 ふつふつとこみ上げてくる怒りは、納得ずくの事でも感情の部分なので仕方がない。
 結局昨夜はもう一度シャワーを浴びる羽目になったが、肝心の所にはどうしても触れる事が出来ずに、表面的に体を洗い流すにとどまった。そのせいで昼間一度、慌ててトイレに駆け込む羽目ともなった。半日以上もの間この体の中にクロトが御滞在だったと思うと、全てを投げ打って殺意に身を委ねたくなっても、一体誰がアズラエルを責められるだろう?
 そして、アズラエルにとって最大に屈辱だったのが───『男に(しかも子供に)乗っかられた』という事実だった。アズラエルは、そう、初めてだったのだ。勿論、乗っかった事だってない。
 男になんか興味はない。
 ちなみに女性とは行きがかり上何度か経験はあったが、どうにも馴染めなかった。女性特有の肉の柔らかさや侵入した時の得体の知れない感覚は、好きになれなかった。大体、何故感じると勝手に濡れるのかという所からして、アズラエルにとって女性は不気味な生物でしかない。甲高い声も耳障りで、背に縋られる事もおぞましい。
 だからと言って、男になど決して興味はないのだ。
 生殖活動に向いていないだけだ、とアズラエルは思っている。
 女性にも興味はない、けれど男に乗られるぐらいだったら女の方が数倍マシだと思うのも事実だ。痛かったのかと無神経に尋かれて、そんな訳はないと答えたけれど、痛くない訳がない。ただクロトのあのサイズだから、この程度の痛みで済んだというのが正解だろう。
「…ねえ、クロト」
 片腕で頬杖を突いて、ミニバーを整理するクロトに話しかける。
 頭がぐらつくのは、過ぎたアルコールのせいだ。誘うように笑いかければ、振り向いたクロトがほんのり赤面する。
「もしかして、したくて来たんですか?」
「え…ッ」
 言った意味は通じたようだ。ゆでダコも真っ青に見えるぐらいに一気に赤面するクロトは、うっかり落としかけた空き瓶を慌てて取り直した。
「あ…あの、僕…」
「残念ですけど、とっても疲れてるんです、僕」
 その科白に明らかに落胆するクロトを見て、アズラエルはやっと本心から微笑んだ。
「あの…帰ります、」
「おやおや」
 ガチャガチャと音を立てて酒瓶を片付けると、クロトは俯いたまま立ち上がる。アズラエルはそれが楽しくて仕方がなかった。
「セックスしないなら僕に用はないって事ですかねぇ?」
「な…ッ! ち、違…」
「冗談ですよ」
 こみ上げる笑いを噛み殺す事が出来ない。
 けたけたと笑って、ようやく気分が上向いて来た事を自覚したアズラエルだ。
「僕としては、気遣いのある人が恋人で嬉しいですよ」
「アズラエルさん…」
 これぐらいの嫌がらせ、一体どれ程の事があるだろうか?
 被害者はこちらなのだ。真っ赤になって立ち尽くすクロトが、たとえ傍からはアズラエルに苛められているように見えても、だ。いや、実際アズラエルは今クロトを苛めている訳ではあるのだが。
 アルコールは良い具合に回っているようだ、こんな事ぐらいでいい気分になっている。
「あの…。キス、してもいい…?」
「いいですよ。恋人ですからね」
 嫌味はクロトに通じているだろうか?
 だが、妙に気分の良くなったアズラエルは通じていなくても構わなかった。椅子に座ったまま待ち受けるアズラエルに、クロトがぎこちなく屈んで顔を近付ける。
「…お酒の匂いがする」
「キミまで酔っ払わないで下さいね?」
 それを言い訳にして押し倒して来たら、引き出しに隠した短銃が今度こそ火を吹くかも知れない。そういうつもりで言ったのだが───。
 クロトは───。
「…僕が酔うのは、あなたにだよ」
 そんな事を言うのだ。
 あと数センチで口付け、という所だったが、アズラエルは堪え切れずにぶはっと吹き出した、それはもう、盛大に。
「く、クロトッ、キミ…あは…ッあっはっはっ!」
「あ…アズラエルさん…?」
 ものすごく怪訝そうな顔をしている所を見ると、どうやらクロトは大真面目だったらしい。それが余計に笑いを誘う。アルコールが入っているせいもあるのだろうか、可笑しくて可笑しくて終いにはひきつけを起こしたんじゃないかと思うぐらいに腹を抱えて笑うのをクロトは呆然と見下ろしていた。少し治まったと思っても、顔を上げてクロトが視界に入るとまたぶり返す。
「す、すみませ、ね、クロ…クロト…ッ」
「…」
 椅子からずり落ちたアズラエルの腕をとって、すぐ横のベッドに座らせるクロトは、何だか意に沿わない老人介護をさせられているヘルパーのようだ。傷付いたような不機嫌なような、ちょっと悲しそうな目で見つめるものだから、治まる笑いもなかなか治まらない。クロトは小さく溜め息をついて、立ち上がった。
「もういいよ…」
「ちょ、クロト…、すみません、てば…っ」
 笑い過ぎで酸欠状態のアズラエルは、それでも一応形ばかりは謝った。
「…そんな風に笑われて、僕が全然傷付かないとでも思うの?」
 本気で言えば言う程、アズラエルにとっては笑えてしまうのだという事をクロトは知らない。
 クロトはどうしようもなくて、いまだ笑いの引かないアズラエルの肩を掴むと、ベッドへ押し倒した。
「…ッ!」
 一瞬にして、アズラエルの中から笑いが消えた。
 しまった、と思った時、乱暴に唇を合わせられる。びくりと体が震えるが、アズラエルが抵抗を始める前にクロトは唇を離していた。
「キス、は…してもいいって、言ったよね…?」
「クロ…」
「そんなに警戒しなくても、キス以上はしないよ。…今日は、元々そのつもりだったんだよ…?」
 切ない顔がゆっくりと近付いて、そっと口付けられる。
 何度か淡く触れられるうちに、体から力が抜けてゆくのをアズラエルは自覚していない。
(…何だよ)
 少しずつ深く押し付けられるようになって、それは優しく下唇をはむようにするかと思えば、いたずらな舌先が上唇をくすぐった。
(…)
 目を閉じると、不意に眠気に襲われる。
 柔らかく緩やかに繰り返される口付けに身を任せながら、ふとアルコールのせいだよねと頭の片隅で思ったのを最後に、アズラエルの意識は途絶えてしまった。

 

 

 翌朝───。
「…う──…わッ!?」
 決して柔らかくはない狭いベッドの上、目と鼻の先…と言うか腕の中にクロトを発見して、アズラエルは思わず跳ね起きた。
「つ…」
 酷い頭痛に、こめかみを指先で押さえる。
 何だ。
 何があった。
 必死に記憶を辿るけれど、どうにも昨夜の情報を呼び起こせない。何故クロトが一緒に眠っているのか。人が一緒だと眠れない筈なのに。いや、それより、まさかまた───。
「う…ん?」
 疑念と頭痛で真っ青なアズラエルの横で、クロトが目を覚ました。
「…オハヨー…アズラエルさん…。気分、どう?」
「……」
 大あくびで体を起こすクロトは、なんだか寝不足のような顔をしている。まさか、まさか。じっとりと見つめると、気付いたクロトは眉間に皺を寄せた。
「あのさ、僕、何にもしてないからね。離して貰えなかったから、一緒に寝るしかなかったんだよ」
「…」
 小言のような言い方が、どうにも頭に響けて仕方ない。
「色々我慢したんだから、褒めてよね!」
「…う~…」
 頭を押さえて、思わず呻く。
 そうか、何もされていないのか。あの部分に意識を集中するけれど、特に痛みも違和感も残っていない。クロトの言った事は確かかも知れない。
「すみません、朝食二人分運んで貰っていいですか?」
 回線は食堂だろうか、クロトがインターホンに向かって喋っている。
「あと、二日酔いの薬なんてある? なければ鎮痛剤でもいいんだけど」
 お願いしますと言ってクロトは回線を切った。
 その科白で、ようやくアズラエルは自分の状況を飲み込んだ。
 二日酔いだ。
 ゆうべはしたたかに飲んだのだ。上手く行かない事ばかりで、殆どヤケ酒だった。その原因は勿論、ここにいるクロトにもある。だが、何がどうしてこういう状態なのか。
 そうだ、クロトは戦闘データの入ったディスクを持って来た。
 書類は───と一瞬ぎくりとするけれど、すぐに送信した事を思い出し、ほっと息をつく。だが、その後の事がどうにも思い出せない。記憶を辿ろうとすると頭痛に阻まれる。
「顔、洗ってくれば? それともシャワーの方がスッキリするかな」
 ベッドでのたうっているとクロトに声をかけられる。
「…クロト…」
「はい?」
 枕に半分顔を埋めたままクロトを見上げる。
「…何か…あんまり、覚えてないんですけどォ…。何で、キミと寝てたんですかねェ?」
「…」
 呆れたような視線が降ってくる。
「さっきも言ったけどさ、あなたが僕を離してくれなかったの! 人の事、抱き枕か何かと勘違いしたんじゃないの?」
「───抱き枕…」
 失敗した───。
 アズラエルは深く深く溜め息をついた。確かに自宅では抱き枕を愛用しているのだ。さすがにこんな所までは持って来られないが、長年の習慣とは恐ろしい。そう言えば、起きた時の自分の格好はまんま抱き枕を抱き込んでいるのと同じだった気がする。
「…あんまり強くないなら、飲み過ぎないでよね」
 科白としては小言だけれど、妙に優しい声音でクロトは囁いた。頭を撫でられる感覚に顔を上げると、苦笑するクロトと目が合った。
(…こんな子供に窘められるなんて)
 少々むっとして、しかし「そうですね」と呟いた。常ならば、酒は味を楽しむのがアズラエルの流儀だ。それを、あるだけあおらせたのは、この目の前の子供も原因のひとつである。それでも、差し出された水を、アズラエルは素直に受け取った。

 

 結局アズラエルは運ばれた食事には殆ど手が付けられなかったが、薬だけはしっかり飲んで、クロトと共に部屋を出た。
「ねえ、大丈夫?」
 平衡感覚の怪しいアズラエルをスーツに着替えさせたのも殆どクロトで、それはもうまるで甲斐甲斐しいヘルパーのようだった。勿論クロトにそんな自覚はないし、アズラエルにも自分が介護されている自覚なんてなかったが。
「薬効くまで横になってた方が…」
「いいんです。朝の会議には、出ないとまずい…」
 作戦会議室も兼ねているブリッジに辿り着くまでの道すがら、クロトに半分体を支えて貰いながら歩く姿は様々な人間に目撃されていたのだが、余裕のないアズラエルがそれに気付く事はなかった。クロトの方は気付いていたけれど、自分達が恋人同士だという事を隠すつもりがなかったので、視線は全く気にしなかった。
 そして───。
 クロトに支えられつつギリギリ会議に間に合ったアズラエルだけれど。昨夜抱き締められたクロトがギリギリそこまでで我慢した愛の証───キスマークをその首筋に発見してしまった会議のメンバーは、アズラエルの体の不調を的確に誤解したのだけれど。アズラエル本人は二日酔いのせいで、周囲の視線が自分の首筋に釘付けだなどとは全く気付かなかったので、朝の会議はスムースに始められたという。

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