ゲシュタルトロス・フクス:14

14
 
 
 ナルトが起きます───。
 快感にぐちゃぐちゃになった頭がその科白を理解するには、些か時間を要した。
 

*     *     *

 
 マダラには従うな。
 この身を与える口実にそんなことを言って、果たしてどれだけの拘束力があるだろうか。気まぐれと言える範囲のことでしかなく、記憶を取り戻せば九尾が自分よりマダラに従うのではないかということは、想像に難くない。あえてそう命じたのは、これから行われる行為への、いわば言い訳でしかなかった。
 サスケには、自らの体について未練も執着もない。肉の悦びは泡沫に過ぎないとも知っている。痛みもまた同様だ。心の痛みとは比べるべくもない。
 目の自由の利かない自分をたゆらがどう扱うのかは、簡単に想像がついた。女を抱くようにするのだろう。本来なら逆なのだと思うと可笑しくさえある。妖狐は美女に化けるものだ。
 唇を舐められ、食まれ、髪を梳かれ、首筋を指先でなぞられる。ぞくりと肌が粟立っても、嫌悪感とは程遠い。あの戦い以降、体はこんな状態で、色事とは縁がなかった。そのせいだろうか、たゆらの拙い仕草にも簡単に火が着いた。うっかり声を上げてから、慌てて口を押さえる始末だった。だが、監視の目があるはずなのに気配がしない。見張りは、と問うと「眠っています」と返ってくる。また眠らせて侵入したのか。だが病室には監視カメラも付いている。察したのか「カメラは切ってきました」とたゆらは言う。そうだ、彼はサスケが望んでいたら、この首を絞めたのだ。
 病院服の袷は、二ヶ所を紐で結わえてあるだけだ。するりと解いた指が丹念に胸と腹を行き来して、それが傷跡を辿っていると気付く。気付いても、その動きは愛撫としてしかサスケには伝わらない。下は脱がされ、毛布も剥がれ、夜はまだ寒い空気に晒される。熱の集まり始めた場所は、それでも萎縮することはなかった。指の辿るあとを唇が啄んでゆくだけで、抗い難い欲が体の奥底から沸き上がった。
 立ち上がりかけたものを、じっとりと湿った掌で包まれると、それは途端に質量を増した。熱い掌で大事なものでも扱うように揉み込まれると、夜気の冷たさなど忘れた。あっという間に高められ、わざとなのか加減を知らないのか、そのまま頂点を極めさせられる。短い時間での吐精に、乱れた呼吸が戻るのも早かった。だが、ぬるついた指を後ろへ押し込められて思わず息を詰める。恐らくは何の準備もしていなかったたゆらだ、そのぬめりが自分の放ったものだということに間違いはない。遣る瀬なさにため息が漏れる。
 サスケが驚いたのは、そこからだった。
 間違いなく、それは快楽だった。
 たゆらの指はそろそろと内側の様子を探り、自由にならない排泄感がサスケを苛んだのはほんの僅かな間だった。たゆらの指が動く度、体の内側に漣のように何かが広がる。鈍い感覚のような、鋭い感覚のような。無意識のうちに異物を押し返そうとする内壁が、たゆらの指にやわやわと解されてゆく。立てた膝ががくんと倒れて初めて、自分の体に力が入らなくなっていることに気付いた。
 ああ、ありえねえ。
 指が抜け、ひくつくそこへ亀頭を押しつけられて、確かに体は強ばったと思ったのだ。なのに呆気なく先端を呑み込んで、サスケは快感に背を震わせた。痛みは大してなく、内側を満たされるという圧倒的な充足感に混乱をきたす。
 何なんだ、これは。
 大きなものでじわじわと内壁を擦り上げられ、力など入らない体はただびくびくと痙攣する。サスケの初めて得る悦楽だった。堪えきれない声がひっきりなしに漏れるのにも、しばらく気付けない。奥まで埋め込まれたものを引き抜かれる感覚は排泄そのものだ、だが抉られるような快感が、そうではないとサスケに教える。緩やかだった抽挿が次第に激しくなって、訳が分からなくなる。気持ちがいい、気持ちがいい、気持ちがいい。与えられる快感の遣り場はなく、どうしていいのか分からない。サスケは歯を食いしばることも出来ずに頭を振った。滲み出た涙は包帯に吸い取られたが、包帯止めが外れたことには全く気付かなかった。
 ふと、一際激しく突き入れられたかと思うと、たゆらの動きが止んだ。サスケの中のものがびくびくと震える。圧迫感が多少弱まって、彼が達したのだと知れた。
 だが、サスケの体は治まらない。擦られた場所はじんじんと痺れ、萎えたたゆらのものを食み、いまだ快感を得ている。信じられない。もっと欲しい。高められた体はたぶん勃起している。腕はたゆらの首にかかったままで、自分で慰めることも出来ない。サスケ、と囁かれる声に腰が甘く疼く。
「…たゆ、ら」
 自分一人では得られない快楽を、サスケは知った。たゆらの手が頬を撫でる。それにすり寄ると、ああ、と吐息が聞こえた。後ろに含んだものが次第に膨張してゆくのを感じて、サスケは乾いた唇を舐めた。緩やかに揺すられると、再び体の奥に悦びが灯る。数度のうちに、たゆらが硬度を取り戻したことが伝わった。
 決してサスケを急かさない抽挿は、時にもどかしい。首に回した手で髪をまさぐり、掴み、身を捩る。互いの呼吸が熱い。完全に声を殺すことなどはとうに諦めている。焦れたサスケは腰を揺らしてたゆらに押しつけた。次第に追い上げるような激しさを持ち始めた時だった、たゆらがそう言ったのは。

「…ナルトが起きます」

 意味が分からない。
 ナルト?
 起きる、寝ていたのか、いや、違う。ナルトの体にナルトが戻るのだ。この状態で?
「っや…待…ッ」
 サスケは首を振った。こんなところで放り出されては堪らない。せめてこれを終わらせてからにして欲しい。
「サスケ…」
 サスケを揺さぶり続けるたゆらの声からは、彼がそれをどう思うのか読み取れない。
「…差し上げる」
 何だって?
「己も、ナルトも…あなたのものだ」
 何だって?
 言われた意味を理解しようにも、止まない抽挿にただ悦楽がサスケの意識を浚う。とうとう解けた包帯の隙間から、ナルトの顔が見えてぎくりとした。そうだ、たゆらであっても、体はナルトなのだ。不意に罪悪感が沸き起こった。決して失念していた訳ではないのに、悦を貪るのに夢中になっていた、その事実が恥ずかしい。
 だが、体は止められない。
 突き上げられる動きに、貪欲に腰を合わせる。
 ふと顔を寄せられて、ああ口付けを、とサスケはその首を引き寄せた。無理のある姿勢に、穿たれた杭が抜けかかる。嫌だ、とばかりに彼の腰へ足を絡めた。口付けに遠慮はなかった。奪い取るような激しさで、歯がぶつかり唇を傷付けるのも構わない。舌を吸い、舌を吸われ、溢れる唾液を飲み下す。そして荒い呼吸のまま、胸から鎖骨にかけてを舐め上げられた。始めと同じ場所、傷の跡。
「…サスケ、」
 掠れた声で囁かれて、ああ、とサスケは悟った。
 もう、これは、たゆらではない。
 たゆらではなかった。
 

*     *     *

 
 ナルトにしてみれば、訳が分からないだろう。サスケはばつの悪さに顔を背けた。お前を俺にくれ、意味を分かって言っているのか。いや、一体どんな意味で言っているのか。くれてやっただろうが、行われた行為を端的に指してそう答えれば、泣きそうな顔で「うん」と頷く。
 どこまで分かっているのだろうか。
 この行為を始めたのは自分ではないと知っているのだろうか。
 封印の檻でたゆらの記憶を見た自覚はあるのだろうか。
 ああ、もう、どうでもいい。
 体は繋げてしまった。たゆらと始めた行為であっても、あのままナルトが起きなくても、これが『ナルト』の体であることに変わりはない。欲は吐き出したというのに、体を繋げた場所は痺れたように快感を紡ぎ続けている。余韻と言うにはあまりにも強烈で、無視するのは難しかった。汚れた部分を拭われる感触すら、サスケにとっては刺激だった。
「…サスケ」
 ふと気付くと、ベッドのすぐ横にナルトが立ち尽くしていた。
 ようよう寝返りを打って見上げる。体力の回復していない衰えた体には、負担の大きい行為だったことは明らかだ。だが、構わない。それほどの悦楽だった。
 ナルトは苦々しい顔で、しかしはっきりとした意志を持って口を開いた。
「…お前が、足、切られんのは…嫌だ」
 ぼんやりと見上げ、まだそんなことを言うのかと、うっそりと笑う。急に眠気に襲われた。どうせ何を言っても、嫌なものは嫌なのだろう。ゆっくりと息を吸い込み、吐き切る時には既に、サスケの意識は落ちていた。

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