滅却師が来た日・前編

  滅却師が来た日・前編

 その日───。
 その日、黒崎一護は15才、中学三年生だった。文化祭も体育祭も終わり、中間試験も終わった二学期中頃の事だった。
 通う中学は自宅から徒歩十分もかからず、その日も一護は寄り道もせず帰宅したので、三時半には辿り着いた。
 一護が特別真面目だからという訳ではない。この時期の中学三年生は、普段不真面目な生徒だって、自宅へ帰るなり塾へ行くなりして、つまりは受験勉強をするものだ。
 一護は塾には通っていない。志望校はそれほどランクが低いという訳ではなかったが、気を抜かなければまず大丈夫だろうと担任に言われていた。もう少し上も狙えるんじゃないか、とも言われたが、一護はあっさり断った。徒歩で通える高校にしか行く気がなく、それはたったひとつしかなかったのだ。それが現在の一護の志望校だ。
 だが、気を抜かなければ大丈夫という事は、気を抜いたらアウトという事でもある。その日も一護はいつも通り、帰って少し休憩したら苦手科目の復習をするつもり───だった、のだが。
「荷物届いてるぞ、一護!」
「荷物?」
 玄関に入るなり父親と二人の妹が待ち構えていて、一護はイヤな予感に眉根を寄せる。いつもは何かとアクションの激しい父親が、荷物が気になってそわそわしている辺りからして不気味だった。
「誰から?」
「聞いて驚け、母さんからだ!」
「…」
 一護の眉間が更に険しくなった。
 母はいない。
 五年以上も前に死んでいる。
 原因を思って重くなる心を無視出来ずにいると、双子の片割れの夏梨が伝票を目の前に突き付けた。
「ねっ? 差出人は、なんか会社の名前だけど。依頼主は真咲って書いてある」
「…」
 どういう事だろう? 奪い取った伝票には確かに母の名が印字されていた。
「母さんがなあ、注文してたんだよ。余程お前が心配だったんだなぁ」
「…それが何で今頃なんだよ」
「まあ早く開けてみろ!」
 一家は、こういうところはやけに律義だ。たとえ身内から送られたものでも、受取人がいないところでは決して勝手に開けたりしない。
 しかし父親の口振りでは、彼に限っては中身が何なのか知っているようだ。
「で? 荷物ってどこだよ」
「お前の部屋に運んで貰った」
「あぁ?」
 配達員に運ばせたという事か。
 不思議に思いながらも階段を昇り、自室のドアを開け───。
「な…ッ」
 率直に言って、驚いた一護だ。ぞろぞろとついてきた家人に押されて部屋に入るが、カニ歩きである。
 全員がカニ歩き。
 何故か?
 それは勿論、荷物が巨大だったからである。
「なんだ、こりゃ…」
「アホウでマヌケな息子への、母の巨大な愛だろ!」
「お兄ちゃん、早く開けてー」
 遊子にせがまれ、戸惑いながらも机の引き出しからカッターを出すと、一護は巨大な箱に掛けられた紐を切った。
「…」
 それにしても大きい。
 柩がまるごと入りそうな大きさだ。
 ウッカリ不吉な想像をして、一護は頭を振って梱包に手をかけた。遠慮なく破くと、箱の本体が見える。段ボールではなく木箱だった。まるでこのまま船に積み込めそうな雰囲気だ。
「…どーやって開けんだ?」
「釘を引き抜く!」
 父親は、隠し持っていたバールを得意げに取り出すと一護に投げる。渡されたという事は、釘を引き抜く作業も一護の仕事という事だ。手伝ってくれてもいいのにと思わなくもない一護だが、贈られた本人が開けるのが黒崎家のしきたりだ。諦めて、一護は上蓋部の釘を引き抜き始めた。
 慣れればさほどの時間もかからない。
 妹二人はベッドの上から今か今かと作業を注視する。五分とかからずに、蓋を止めていた釘は外す事が出来た。ごとり、と蓋を取り払う。
「…」
 発泡スチロール製の緩衝材しか見て取れないその様子に、一護はますます訳が分からない。
(…荒巻鮭?)
 以前テレビで見た、荒巻鮭の製造過程を思い起こさせる光景だ。
「お兄ちゃん、早くー!」
「はい、ゴミ袋!」
 双子はゴミ袋の口を広げると、訳の分かっていない兄が緩衝材を取り除くのを待っている。
「一体何なんだ…つーか手伝えよ」
「何を言う! お前宛のものなんだからお前がやるべきだ! ヨロコビもひとしおだぞう!?」
 早~く早くと急き立てられ、半ばやけくそのように発泡スチロールをゴミ袋に押し込んでゆく。
 すると。
「───ッ!」
「あー」
 遊子の少々焦れたような声。
 またしても、箱だった。
 白い箱。
 しかも、形状は───柩のようだった。日本の柩ではなく西洋っぽい、そう、吸血鬼映画に出てくるあの形だ。先程の不吉な想像が蘇って、何だか本当に開けたくない。
「…一兄?」
「ああ…」
 夏梨の声に、上蓋に手をかける。
 中に、母親の死体を想像して唇を噛む。
 だが母親から贈られるものが本人の死体である筈もない、一護は決心すると、それでもこわごわ蓋を押し上げた。
「え…っ」
「わぁ…ッ!?」
「な…」
 死体が───入っていた。
 思わずばたんと蓋を閉める。
「………」
 子供三人は冷や汗だか脂汗だかをタラタラと流すが、父親だけはニヤニヤしている。
(野郎、知ってやがったな)
「どうした、一護。母さんからのプレゼントじゃないか!」
「…」
 そう、冷静に考えて死体である訳がない。ホラー映画でもサスペンスドラマでもないのだ。
 一護は再びそろりと柩を開け、改めて内容品を見つめた。
「…何だよ、これ…」
 取り敢えず、母親の死体などでない事は分かる。
 だが、人間だ。
 柩の中には人間が入っていた。
 死体だろうか? いや、違う。母親が息子に見知らぬ死体を送りつける謂れはない。
 では何だ?
 …人形か。
 つやつやの黒髪、閉じられた瞼、作り物のように滑らかな肌、形の整った指。白い奇妙な服を着せられ、柩に横たえられているそれは、しかし生きた人間がただ眠っているだけのようにも見えてくる。
 人形か、人間か?
 知人の誰にも似てはいない。
 人形にしては出来過ぎているし、人間にしては作り物めいている。父親は、不審げな子供達をただニヤニヤ見つめるばかりだ。
 ふと、その人形の手が紙片を掴んでいる事に気付く。少し考えて、一護はそれをそっと引き抜いた。人形に咎められるのではないかとビクビクしていた様子は、周囲に気付かれなかっただろうか?(※気付かれていました)
「…取扱…説明書?」
 何でもないフリを装って開いた紙片には、そう書いてあった。印刷ではない、手書きだ。急に気が抜ける。
「…本体はシェルターを開けて三分で起動します…取り扱いの詳細は本体にお尋ね下さい…?」
「キャー!!!」
「い、一兄ッ!!!」
 短い文章を読み終えるより早く、双子が悲鳴を上げた。弾かれたように顔を上げる。
 吸った息を、吐けなかった。
 人形が、柩の中で目を開けていた。
(こっこれ、き、き、起動って事か…!?)
  悲鳴を飲み込んで、慌てて紙片を見直す。
 しかし、その文章の他にはメンテナンスおよび不具合・返品などの連絡先があるだけだ。
「ええと…これ、ロボットか何かか…?」
 そうか、ロボットと言うのが近いかも知れない、と一護は納得した。
「う、動いたあッ」
「キャ───!!!」
 双子が再び悲鳴を上げた。ただし、先程のような単なる悲鳴ではなく、どちらかと言えば嬉しい悲鳴だ。見ると、柩の中でそれが上半身を起こしたところだった。
 ピピピピ、という極小さな音が、その体のどこからか聞こえてくる。数秒で『ピ──ッ』と少々長めの音となり、そして消えた。
 すう、と。
 どこも見ていなかった黒い瞳が一護に向けられた。
「…ッ」
 家人の見守る中、ロボットと正面から見つめあう。目を逸らしたら負けのような気がして、一護はひたすら見続けた。まばたきをひとつして、ロボットは不意に口を開いた。
「お買い上げありがとうございます」
「し、喋っ…」
「喋った───!!!」
 双子はもはや大喜びだ。キャーキャー言って、一護のベッドの上を暴れまわる。
「私はNBC・PC2198AZ・クインシーカスタム、固体識別コードは石田雨竜です。ユーザー登録をなさいますか?」
「え、ゆ、ユーザー登録…?」
「ユーザー登録と同時にシステムフォーマットを行います。ボイス・インタラクティブ入力と強制入力が可能です」
「…」
 何が何だかサッパリ分からない。
 ぽかんとしていると、ロボットは小さく首を傾げた。困ったような、先を促すような仕草に見える。
 目を開けるまでは作り物か人間か判別が付かなかったものが、こうして体を起こして喋る姿に更に混乱する。動く唇は人間そのものだし、発せられる声は機械っぽいところなど全くない。見た目通り男性の、しかし大人には少々届かない少年の声。まばたきの動作も極自然だ。
 だが、その口の喋る内容は明らかに彼が製品であり商品である事を物語っていて、その声に感情はこもらない。
「…まだ登録はなさいませんか?」
「え」
 ただじっと見続ける一護に、ロボットは再び口を開く。
 ユーザー登録?
「おい、一護。これはな、年々霊力が上がり続けるお前を心配して母さんが発注したモノだ。つまりコレはお前のモノだから、さっさと登録しちまえ!」
「親父…」
 一護はロボットと父親を交互に見遣る。妹たちは背後で落ち着かない様子だ。
「てゆーか…コレ、何?」
 びし、と指差して、基本的な事をようやく問う。
 霊力を心配して、という事はそちら関係なのだなと一護も思う。しかしそれが何故人間の形態をしたロボットで、用途が一体何なのか、理解は一向に深まらない。
「分からんかあ、パソコンだ、パソコン」
「───ぱ…」
 パソコン?
 余計に───分からなくなった。
 妹たちのへえ~とかすご~いとかいう感嘆の声をBGMに、一護は再びロボット、いやパソコンと向かい合う。
 パソコンだって?
「…はい。私はNBC製パーソナルコンピューター・2198AZです。対『虚』攻撃の能力を特化しております」
「…ホロウ?」
「マイナス方面に極端に進化した霊体です。悪霊とも呼ばれます。私は虚を消滅させたり、撃退する事が出来ます」
「…それが、何でウチに…」
「虚は霊的能力の高い人間を襲います。私の役目はそれを阻止する事です」
 ようやく───納得のいった一護だ。
 母親が心配した自分の霊力は、確かに子供の頃より上がっているのだろう。寄ってくる霊の数も最近増えている。
 パーソナルと言うからには個人所有で、この場合は一護専用となるのだろう。
 しかし、最大に気になるのが───。
「…何で、オマエ人型な訳?」
 その見た目だった。
 彼は淀みなく口を開いた。
「攻撃に際し、移動の可能性が非常に高い為です。最低でも30キログラムの重量になりますので、常にユーザーに携帯して頂く事もほぼ不可能です。また、私単体で移動する際、人間の形である事がもっとも不審が少ないという理由です」
「ふーん…」
 最低でも30キロ、というなら犬とかでもいいじゃないかと思ったが、確かに30キロの大型犬が一匹だけで走っていたら即保健所に通報されそうだ。それに、最低という事はそれを覆うボディは計算に入っていないのだろう。実際、目の前の彼は背丈も肉付きも一護と同じ位だ。
「…どうなさいますか?」
「へ?」
「あの…ユーザー登録を、なさいますか…?」
「あ。…ああ…」
 コンピューターにしては歯切れの悪い言い方だ。そういえば、起動してから『ユーザー登録』とやらを促されるのも三回目だった。
「えーと…ボイス…インタ…なんとか? とか言ったっけ?」
「ボイス・インタラクティブ入力です。最短で二時間程度かかると予想されます」
「二時間!?」
「対話方式ですので…ですが、不要な情報の書き込みは避けられます」
 二時間は厳しい。
 ちょっと今まで忘れていたが、受験勉強がある。しかしそれ以上に、この人型パソコンと二時間向かい合うという事に、少々自信がない。
「強制入力でしたら最長でも五分です。入力情報の取捨は出来ませんが、後から整理する事は可能ですから、時間を気にされるのでしたらこちらをお勧めします」
「ふーん? じゃあ、そっちで…」
「了解しました」
 後で変えられると言うのなら、最初から二方式を取る必要もないのではと一護は首を捻る。
 しかし、それは甘かった。
 不意に目の前のパソコンが柩の中で、すっくと立ち上がった。
「失礼します」
「え?」
 ひょい、と───本当に軽々と、その腕に体を持ち上げられた。そのまま後ろのベッドに座らされて、一護の思考は一瞬停止する。
(…何だ?)
 一護の両脇では、双子がその様子を見守り続ける。『強制入力』、と言うからには主導権がパソコンの方にあるという事だろうか? その整った貌が近付き、綺麗な指が伸びてきてベルトにかかっても   何が何なのか、一護にはさっぱり予想も付かない。
(…おい)
 カチャ、と小さな音を響かせて、その手はベルトを外してしまう。
(…おいおいおい)
 笑いを懸命に堪える父親なら、始めから視界に入っている。何となく冷や汗が滲んできて、一護はその指と顔とを交互に見つめた。
「…何やってンの?」
「インストーラーを起動します」
 ジーンズのボタンに指がかかって、一護は硬直する。父親は、もう大爆笑だ。
(い、インストーラー…???)
 両脇からは、妹達が興味津々で覗き込んでいる。これは何だか、何だか、もう───。
「はいはい、ちょっと待った、石田雨竜君!」
 絶体絶命、と思ったところに父親の声が轟いた。いつもは煩いとしか感じられない父親が、今は天の助けのようだった。
「いや面白くて最後まで見物したいのもヤマヤマだけどなッ! 遊子、夏梨、来なさい!」
「えーっ」
「何でーッ」
 何が始まるのかと待ち構えていた双子は不満の声を上げたが、父親に首ねっこを掴まれて、子猫のように引き上げられる。
「あのな、お兄ちゃんはな、今日大人になるんだ…。大人に…、ん? そうか、遊子! 今夜はお赤飯炊くとしよう!」
「お赤飯~?」
「あー…そーゆー事…」
 奇妙な会話が耳に入って、一護は急激に青ざめた。遊子は分かっていないようだが、夏梨は何やら納得している。
 父親はと言うと、少々恥じらったようにウィンクを寄越すものだから、おぞけ立つ程気味が悪い。
「じゃッ頑張れよマイサン! 登録やら設定やら済んだらちゃんと紹介するよーに!」
「え、あ…おいッ!?」
 それは、それはまるで───。
 小脇に双子を抱えて出て行ってしまった父親に、もはや声は届かない。ドアが閉められた事を確認したパソコンは、無表情にも『強制入力』とやらを再開しようと、再び手を伸ばしてきた。
 今度こそ、一護は硬直したままではいなかった。慌ててその手を掴んで阻止する。彼は、何故止められたのか理解していないようだった。
「あー…。何だ。強制入力って…具体的に……どーすんの?」
 聞くのは恐い。
 だが、聞かない訳にもいかなかった。
 しかし───。
「活性細胞を採取しデータを解析、ダイレクトにファイルを作成します。ディレクトリの自動作成も行います」
「…か、活性……?」
「精子細胞を含───」
「ぎゃあああぁあ!!!」
 聞きたくない!!!
 思わず耳を塞いで、体ごと顔を背けた一護だ。
「インタラクティブだ! 強制入力ナシッ!!!」
「…」
 パソコンは、無表情だが何故だかきょとんとして見えた。そして、無情な事を口にするのだ───。
「ユーザー登録はどちらでも構いませんが、メモリーの方は活性細胞がないと増設出来ません」
「だから何だッ」
「メモリーを増設して頂かないと殆どのアプリケーションが使用不能です。メモリーの増設が事実上不可能であるなら、私の存在意義は失われます」
「…」
「返品なさいますか?」
 何の表情もなく、彼は言った。
 そうだ、その手に握られていた取扱説明書には、返品先が記してあった。一護は今頃になって、パソコンの表情のなさに冷静さを取り戻す。
 これは、コンピューターだ。
 プログラム通りの事を喋り、動いているだけなのだと今更ながらに気付く。
 しかし、人の形を取っているというだけでこんなにも意識は違う。
 しかも、これは、今は亡き母からの贈り物だ。
 自分の行く末を心配した母が発注した、一護専用のボディガードだ。
 だが。
(…なんで、機械相手に…!)
 例えばこれが、人間型ではなくフツーのパソコンだったとする。いくら精子細胞が必要だと言われようと、申し訳ないが全くそんな気は起こらない。
 かと言って、今目の前にあるように男性型では、それ以上にそんな気は起こらない。同性愛嗜好の全くない一護には、それは殆ど拷問だ。
(せめて、女型だったら、よォ…)
 ちらりと様子を窺えば、回答待ちの瞳とぶつかる。
(…返品、か…)
「…あのさ」
「はい」
「オマエ、男…だよなあ?」
「はい、メールタイプです」
 ハッキリ聞き取って、だよなーと溜め息が出る。
「女…には変更出来ねー訳?」
「可能ですが…プログラム変更及びシャーシーの交換となりますと、費用と時間が嵩みます」
「費用? どれぐらい?」
「プログラム変更の方は問い合わせませんと分かりませんが、シャーシーは七百万円から一千万円程度です」
「なッ…!!? た、高ェよ!!!」
 危うく目玉が落ちそうになる。
 ボディ交換だけでそんなにするのでは、このパソコン自体が一体いくらだったのか、想像するだに恐ろしい。
「あの…。私は当初フィメールタイプとしてご発注頂いておりましたが…」
「何ッ」
「途中でメールタイプへの変更をお受けして、通常より費用がかかった経緯があります」
「な、何でそのまま女じゃなかったんだぁ…」
 一護は思わずがっくりと肩を落とした。特別異性に興味や執着がある訳ではなかったが、男性か女性かと聞かれれば、女性との事しか想像した事がない。
「予定ユーザーが変更になった為です」
「え?」
「女性ユーザーには女性型を、男性ユーザーには男性型をお渡しするのが原則ですので…」
「な…何で?」
「私どもはその性質上、常にユーザーに近い場所にいなければなりません。ですので───例えば私が女性型だった場合、あなたがご結婚を考える女性が現れた時、障害となる怖れがあります」
「…」
 なるほど、と一護は唸った。
 周囲からは、常に側にいる美少女ロボットが、自分と良い仲に見えるだろう。かと言って、こんなに確かな肉感を持ったものを「これはパソコンだ」と言い張ったところで、信じて貰えそうもない。実際に好きなコが出来て、そのコには打ち明けたとしても、信じるかどうかは別として良い気分でない事は想像に難くない。
 男性ユーザーに男性型が側にいる分には、せいぜい親友とか思われるぐらいのものだ。
 なるほど、そういう事なのだ。
(…ん?)
 そこで一護は引っ掛かる。
 このパソコンは、初めは女性型として作り始めたと言ってはいなかったか?
(…)
 それは、ユーザーが女性───つまり母・真咲が使う為だったからではないのか。
「…」
「…どうかなさいましたか?」
 控え目な声が掛けられるが、それに返事が出来ない。
 母親も、霊力が高かったのだろうか。
「…メールタイプでは、お気に召しませんか…?」
「…」
 その母親が、何故息子の為にこのボディガードを譲ったのか。或いは死んだからか───?
「返品…なさいますか?」
「…いや…」
 ちょっと静かにしろと掌を向けて制する。
 もし母親が死んだ為に行き先を失ったパソコンを息子に振り向けたのなら、それは形見というものだ。いや、しかし高価なものだと言うのなら発注を取り消しても良かった筈だ。
 それに、形見なら形見と、あの変なところで律義な父親が正直に語らない理由はない。
 真実、母親が息子の為に発注し直したのだろう。
 自分の危険を顧みず───?
 そう考えて、一護はほんの少ししんみりしてしまった。
 そう、ほんの少し感傷に浸った、その時。
「…ん?」
 白く器用な指先が、一護のジーンズの前をすっかり寛げてしまっていた。
「ぎゃわあぁぁああ!!? 何やってんだテメエッ!!!」
「返品なさらないとおっしゃいましたので…」
「そんな事言ったかァ!!?」
「はい。強制入力を再開します」
 そう言うや否や、そのパソコンは、取り出した一護をぱくりと咥えた。
「あ゛───!!! や、ちょ、ちょっと待てッさっきインタラクティブ……あ…わ…ッよせ……」
 ご近所迷惑な程の大声をあげて引き剥がそうとするが、急所を甘咬みされて、思わず怯む一護だ。
「ッこら…、てめ、うわッ! ……っ」
(う、嘘だろ…)
 ちょっとした目眩に襲われる。
 どうしよう。
 認めたくない、が───。
(た、た、勃っちま……)
 そのコンピューターの舌は薄くて、なめらかで、唾液ではないだろうけれど唾液のようなもので満ちていて、口腔内は暖かい。
(や、やべェ…ッ)
 ぐるぐる目を回しながら、一護は必死の抵抗を試みる。が、掴んだ黒髪の下に覗く顔に───見とれた。
「…ッ」
 整った顔立ちだ。作り物なのだから綺麗で当たり前なのだが、分かっていても見とれてしまった。
 綺麗な顔が埋められ、綺麗な指が添えられ、形の良い唇が自分を咥えている。懸命に舌を動かし、幹に絡め、嚥下の動作を繰り返す。
 一護ははっとして、その頭から手を離した。髪を掴んだままでは、まるで自分がその行為を強要している錯覚に陥ってしまうではないか!
 しかし、頭が自由になった途端、一護のパソコンは唇を使って一護を扱き始めた。
(ギャ───!!! )
 この日、一護は弱冠15才、中学三年生。女性経験もなければ、勿論お口で致されてしまう経験などなかったのだから、仕方ない。止めようもなくはぜた一護は、新たなトラウマが出来てしまったと言っても過言ではなかった。強制入力は、当初の予告通り、五分とかかっていなかった。

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